輸血の適応 


もし自分が入院して、「今からあなたに輸血をします。」と言われたら、やはり不安になります。今でも害が出る可能性はあるからです。

輸血に関して基本的なことを述べます。輸血の説明を聞く際に役立てばと思います。私が思いつく範囲で述べますので網羅できていない部分も多く、詳しくは専門書で確認してください。

輸血による害(副作用)
血液型の不適合による反応
感染(肝炎ウイルスなど)
心臓への負荷
GVHDなどの免疫反応
発熱(サイトカインが原因?)
薬剤、アレルギー物質の混入
高カリウム血症、保存液(クエン酸)中毒

輸血による利益
酸素運搬能、循環機能全般の維持
圧(血圧、浸透圧)の維持
血液凝固〜線溶能(血の固まり具合)の維持
感染防御能(免疫を補助する蛋白)の維持

輸血が必要な場合
循環機能を維持できないほどの速さで血液を失った時
急速でなくても、輸血しないと予後の悪化が明らかな時
圧(血圧、浸透圧)を他の手段で維持できない時
凝固能、感染防御能を補充によってしか維持できない時

成分輸血とは
現在では血液をそのまま輸血することは、まずありません。血液の成分の中で不足したものだけを選んで投与します。害と無駄を少なくするためです。

《血液の成分》
赤血球・・・・赤い血の大部分をしめ、酸素を運搬する
白血球・・・・感染や炎症の際に必要。
血小板・・・・血を固まらせる時に重要。
アルブミン・・血漿蛋白の大半を占める
グロブリン・・炎症などの時に働く
血液凝固因子・血液が固まる時や傷の治癒に重要 

代表的な輸血製剤名 血液の単位は成分によって異なります。

MAP(マップ)(濃厚赤血球140ml程と保存液で1単位)濃厚血小板 (血小板)
赤十字アルブミン (アルブミン)
ポリグロビンN(γグロブリン) 
フィブリノーゲンHT (凝固因子T)
クロスエイトM (凝固因子XV)
フィブロガミンP(凝固因子]V)

輸血の手順(順番が変ることはあります)
@出血量を推定する。血液検査をする。
A厚生省や施設基準と照らし合わせる
B血液型を確認し、最小限の血液を血液センターに注文
C本人や家族に輸血の必要性を説明
D輸血同意書にサイン
E届いた血液と患者さんの血液とで悪い反応がないことを確認
Fゆっくり輸血を開始し、容態の変化に注意

輸血は、移植の一種です。入れる物が臓器の形をとっていないことと、ほとんどは時間が経てば分解されることが特殊なだけです。提供してくれる人のウイルスや免疫を規定する蛋白も移植されますから、単にものを補うだけで済まないのは当然のことです。

研修医の頃、先輩のドクター達が積極的に輸血するのに驚きました。当時はウイルスに感染するかどうかは運試しでしたので、万人が適切な輸血と認める場合以外は施行すべきでなかったのですが、疑問に思うケースも多々ありました。

私の輸血開始の判断が遅れたために亡くなった人はいないとは思いますが、「自分がやった輸血は全て必須だったと言えるか?」と自問すると、数パーセントのケースでは断言できません。患者さんがショックになるのを予想して、もしかすると本当は不必要かもしれないのにやったこともあります。

輸血の代表的な問題点

@ 輸血の適応は明確でない

血の濃度をヘモグロビン値という値で示せば、通常13〜16くらいですが、これが2〜3くらいでも気づいていない人がいます。血液の必要量には個人差があるので、輸血に関して万国共通の計算式はありません。例えば(出血見込み量―血液生産量)/時間=?のような単純な計算は役に立ちませんので、厚生省のガイドラインを参照に施設ごとに輸血の基準を設ける所が増えています。

Aシステマチックな対応がされていない

予想できない害は今でもありえますが、万一の事故に対して責任の所在がいまだに不明確なままです。医者個人に感染の予測はもちろん無理ですし、過敏症に完璧に対応するなど不可能ですので、国、製薬会社、病院、主治医の責任と義務を明文化すべきだと思います。今でも輸血に従事するものは法的に保証されていません。法的責任の判断は、裁判所が判断すべくもないほど明確にすべきです。

B輸血同意書の内容を理解することは難しい

輸血を受ける時は、必ず説明があります。しかし、説明されても普通の人は理解できません。形だけの説明の後、ほとんどの場合は、「お任せします。」と答えざるをえません。せめて念のために文書は捨てないことと、判断基準を見せてもらうべきだと思います。

C教育方法の問題

医学教育のやり方に問題があります。一般に研修医に対して、指導医は「○×はやったか?△◇はやったか?」と、手を次々打つことを要求しますが、これでは不必要な処置に手を出す傾向が生じます。基準から見て曖昧な対象には、とりあえずやろうと考える先生がいるかもしれません。

D医療保険制度の問題

医療費が出来高制(やればやるだけ収入が増える)になっていることも関係していると思います。様々な処置をしないと評価されないような制度上の問題が、輸血の件数に関係しているはずです。やらないことが評価される仕組みもないと、積極的に輸血する医者が評価される結果になります。

E医学、法律以前の問題

制度や医学は、お粗末なレベルです。本来なら100年経っても、あの時の輸血は必須であったと断言できないといけません。「感染させた。当時の医療レベルでは仕方なかった。」では済まされません。我々には学問的に明らかでないことをも判断する能力が要求されています。未知のものを未知であると認識し、場当たり的な対応をしないなら、後悔することは少なくなるでしょう。

日本人は‘横並び’を好む習性がありますから、どこかの病院が新しい血液製剤を使っていると使いたくなります。製薬会社も有効性を強調しますし、新しい医療に乗り遅れたくないという向上心が科学的な目を曇らせる傾向はあります。第一線の病院、第一人者だから安全とは限りません。

例)薬害エイズ、肝炎

今更ですが、薬害エイズ、肝炎問題などは規模も製剤名も我々現場の予想通り発生しました。もちろん先生達の多くは充分に検討し、必要だと信じて輸血していたはずですが、医者個人の能力には限界がありますから、危機管理意識の高い仕組みが必要だったと思います。 

例)GVH症候群

輸血の副作用の中にはGVH症候群という病気もあります。入れた血液によって免疫反応が起こる病気です。20年前くらいに経験した患者さんの時は、大学病院の血液部門や血液センター、免疫の先生たちなど八方に相談したものの、誰も何にも知らないので困りました。専門家なのに研修医より知らないのが現実でした。

感染の危険度を下げるために

C型肝炎を検査できるようになったので、今日では輸血による感染の危険度は格段に下がりました。でも検査をすり抜ける肝炎ウイルスや、全く未知の感染はありえますので、よくよく適応を検討することは必要です。患者側としては、受ける輸血がせめて厚生省の基準(ネットで調べられます)に則っていることは確認すべきでしょう。ただし、厚生省の基準は絶対的なものではありません。

期日を予定して手術をする場合には、できれば前もって自分の血液を保存してもらって使う方がいいでしょう。感染や免疫反応の問題が、ほぼなくなるからです。

もし問題が起こったら

問題は起こらないほうがいいに決まっていますが、もし起こったら、まずは主治医に説明を求め、原因についての考え方、今後の対処の仕方などを確認すべきでしょう。

主治医や病院に落ち度がない場合は、薬剤や医療機器に関しての副作用を、行政法人の「医薬品医療機器総合機構」というところに申請して、給付金がもらえる場合があります。簡単に「泣き寝入り」しないほうがいいでしょう。

輸血を回避する方法として期待できること

腎不全の場合のエリスロポエチンは赤血球を増やす
鉄欠乏性貧血に対する鉄剤は赤血球を増やす
血圧低下の場合の代用血漿は、短期間なら有効
自己血の保存
栄養状態を改善するとアルブミン値などが上昇する

輸血が必要な場合

昭和天皇の崩御の際には、大量の輸血によって延命努力がなされました。輸血は強力な生命維持効果を持つ手段です。輸血で延命している間に、根本的な処置ができれば奇跡的な回復が期待できます。


したがって、どうしても輸血が必要な場合があります。害を恐れるあまり放置するのは間違いです。大量の出血があった場合、さらに酸素が必要な場合、血圧が急に下がった場合は、適応になる可能性があると考えて主治医と相談すべきです。



平成20年4月  診療所便りより