ヨウ素 

(ヨウ素と甲状腺ホルモン) 
ヨウ素は人体に必須の元素と言われています。体に吸収されると甲状腺に集まり、ホルモンの原料になります。おそらくホルモンの合成に使うために、甲状腺の細胞がヨウ素を効率よく吸収する機能があるはずです。これを利用するのが甲状腺機能亢進症の際の放射性療法で、放射性ヨードを飲んでも甲状腺だけに集まって、他の臓器に害をもたらさないことが期待できます(実際には多少の被爆が全身に起こるはずですが)。  

海草にも海水中からヨウ素を吸収し、濃縮する機能があります。そのため、海草好きの日本人でヨウ素が不足することは多くありませんが、大陸の奥に住む人の中には不足して甲状腺機能異常が発生することもあり、政策として塩にわざわざヨウ素を混ぜる地域もあるそうです。    

甲状腺ホルモン分子あたり3〜4個のヨウ素が含まれていますから、ホルモンの略号はT3、T4などと表記されます。ヨウ素が極端に不足するとホルモンの合成障害が起こります。ヨウ素には甲状腺ホルモンの産生以外に何かの作用があるかもしれませんが私は知りませんし、そもそもなぜヨウ素でなければならないのか、他の元素では絶対にホルモンの原料になりえないのかも解りません。また、ヨウ素はデンプンなどの有機物の染色やうがい薬、消毒薬にも使われます。

(内服用ヨードの適応@)   
甲状腺機能亢進症の方で急激にホルモン値が上昇する場合があり、クリーゼと呼ばれています。その場合に速やかにホルモンの分泌量を減らすため、内服用ヨード剤を使うことがあります。実際に使うと確かに非常に早く効きます。原料である物質を多量にあげると分泌量が減るというのは不思議ですが、経験で知られている現象です。

治療に使う内服用のヨード剤は製薬会社から買うのではなく、病院の薬局で作ってもらいます。 滅多に使わないので、普段は病院にも置いてないことが多いでしょう。保存に注意が必要ですし、連用すると害が生じうる薬品ですから、市販もされていないはずです。 

(放射性ヨウ素)  
ヨウ素の仲間(同位元素)には数十種類ありますが、その中に核分裂でウランから発生する131Iがあり、これが体内に入ると幼児では甲状腺癌が多発すると言われています。おそらく自然界のヨウ素と同じように131Iが甲状腺に集まるからでしょうが、他の放射性物質の影響もあるかも知れません。

40歳以上の人に限ると、この影響は解らないそうです。もともと甲状腺癌は調べれば驚くほど多くの人にありますから、年齢が上がると放射線の影響か自然発生か判らないからだと思います。成長発育の関係で子供が影響を受けやすいだけで、実際には大人にも癌を発生させるのかもしれません。

福島第一原発の事故の直後、ヨード剤を求める人が増えたそうです。主に現場で作業する人のための情報が、誤って広域の一般住民を対象とするように思われたようで、意味が全くないとは言えませんが、デマのようです。

(内服用ヨードの適応A) 
チェルノブイリ原発の事故後の経験から、汚染地域で活動せざるをえない場合は、短期間に限って内服用のヨウ素剤を飲むべきと考えられています。それで放射性ヨードの吸収が抑制されるからです。使う時間や量に関する研究が発表されていますし、安定化した専用の丸薬があります。40歳以上の方は効果が解らないので対象外になります。若い方だけが通常の対象者です。また、原則として一回飲んだら終わりで、その間に逃げなさいという性格の薬です。避難に先立って飲むのは意味があります。 

飲めるヨード剤は病院にも常備しない物ですし、飲んでもヨード以外の放射性物質には効きません。事故ではヨウ素以外の様々な物質が拡散しますから、まず避難が優先され、ヨードを飲むのは非常に限られた状況、つまり事故現場で作業する、どうしても避難できない理由がある等、やむをえない場合だけと考えるべきです。ヨードを飲んだから大丈夫と考えて、その他の害のある物質を浴びるような勘違いをしてはいけません。 

また、ウクライナと日本では人種もヨードの摂取量も違うはずですので、ヨウ素の摂取量が異なる日本において実際に内服する場合は、効果に違いがあると予想されます。まさか人体実験をするわけにはいきませんから、実証された本当の効果については、実は誰も知らないのかも知れません。

(危機管理のために) 
現地での対応を私は知りませんが、事故で汚染物質が飛ぶ可能性が高い地域では、予め避難訓練の一環として、内服用ヨード剤の使い方も訓練しておいたほうがいいと思います。事故発生直後に内服して避難すると、害を最小限にできるからです(ただし準備すること自体を不安に思う人も多いと予想されますので、住民への訓練実施は難しいかも知れません)。そして、もし放射性物質に汚染された場合は、念のため甲状腺機能検査と甲状腺エコー検査を定期的にされたほうが良いでしょう。特に若い方はそのはずです。  

本来は内服用でないヨードチンキなどを飲むと害もあるはずです。本当に消毒剤を飲んだ人がいたとは信じられませんが、学者の本にはそう書いてあります。消毒薬には防腐剤や界面活性剤、消毒用アルコールなども含まれているでしょうから、何らかの害が予想されます。今後も様々な情報が伝わって来るでしょう。信頼度が落ちたとは言っても、やはり厚生省など公的な機関の情報が頼りです。噂を信じて誤った行動をとらないようにしましょう。


診療所便りより:平成23年5月31日up