咽頭炎の治療法には決定版がありません。特に抗生物質の使い方にはさまざまな問題があるのですが、それを気にしている医療関係者は意外に少なく、適当に処方されているのが現状のように思います。ややこしい話で恐縮ですが、知らずに治療を受けるよりは参考になると思いますので読んで下さい。
のどを痛める病原体は、たいていはウイルス(ビールス)です。ほとんどは数日でよくなり、抗生物質は必要ありません。
ばい菌が原因のこともあります。そのうち溶連菌(A群β溶血連鎖球菌)は、まれに人喰いバクテリアと呼ばれるほど重症になり、また心臓弁膜症などの後遺症を残すことがあります。このため標準的方法では簡易検査で菌を調べ、もし溶連菌がいればペニシリンなどの抗生物質で除菌するよう勧めています。
ただ残念ながら、この方法は完全ではありません。簡易検査では菌の見逃しが1割〜2割ありますし、抗生物質を使っても除菌の失敗が1割〜2割あり、そのうえ検査代のために支払い額は倍になります。重症の場合は標準の抗生物質では効きませんので、薬が病巣に届くように工夫しなければなりません。さらにある種のウイルスとの混合感染の場合は、標準の薬の副作用が出る確率が高くなりますが、それを簡易検査では判別できません。
欧米では何とか無駄な抗生物質を使わず、必要な人に最小の検査で治療しようという努力がされていますが、日本では研究自体が不足しており、ほとんどデータがありません。したがって残念ながら自信を持って決定版だと言える治療法を提示できません。
そこで当院では咽頭炎の患者さんに以下の方針で診療しています。
@ 身近に溶連菌感染症の人がいれば、簡易検査をお勧めします。
検査の料金は 約800円(3割負担の場合)です。
A より確実な検査を希望される人には、菌の培養や流行している
ウイルスの検査をしますが料金は高くなります。
B 抗生物質をご希望される方には処方します。
C 抗生物質のご希望がなく、軽症なら感冒薬を処方します。
48時間以内にのどの痛みが軽快していれば、抗生物質はお勧め
しません。
D 簡易検査で菌が陽性なら抗生物質を処方します。10日間の継続
をお勧めします。過敏症に対処するため、最初1回は院内で飲んで
ください。
E 1〜2週間後に、尿の検査を受けて下さい。溶連菌は腎炎を起こ
すことがあるからです。
F 重症の場合は、最初から点滴による強力な治療をお勧めします。
まれに扁桃周囲に膿がたまること(膿瘍)や、中耳炎、肺炎が
隠れていることがあります。症状の変化をご連絡ください。
寺原診療所便りより 咽頭炎の治療法 平成18年7月
(補足 平成19年9月)
2007年の「小児呼吸器感染症診療ガイドライン」によりますと、A群溶連菌による咽頭炎に対しては、今までのペニシリン系抗生物質(商品名としてはサワシリンなど)に加えて、セフェム系抗生物質(商品名としてはメイアクト、フロモックス、トミロンなど)も勧められる治療薬になっています。治療効果を比較するとセフェム系抗生物質のほうが優れていたからですが、強い薬を使えば効果が高いのは当然です。もっと強い薬を使えばよいという統計も出せるでしょう。一般の開業医に行きますと、喉の痛み=セフェム系抗生物質の適応として以前から盲目的に処方されていましたので、昔にもどったことになります。
私にはガイドラインをどう評価してよいか解りません。セフェム系の抗生物質は様々な菌に広く作用する関係で、多用すると耐性菌が蔓延しますから、別な感染症の問題が深刻化すると思います。また、上に挙げたセフェム系抗生物質は、いずれも試験管内のデータほどは効かないので有名な薬です。気管支炎や肺炎に使うと、きまって慢性化します。日本では耐性菌が蔓延していることが理由だと思います。海外のデータを鵜呑みにできません。
重症では、飲み薬を何にしようと無効なことが多いのですが、それはセフェム系の薬でも同じです。結局は、分離される菌の耐性度を見ながら、重傷度に応じて治療薬を選択するしかないと考えます。もしかすると今回のガイドラインの変更は、時代に逆行するトンチンカンなものだったのかもしれません。