糖尿病の予防について

    (勉強会資料 平成18年8月17日) 橋本 泰嘉

 この勉強会の目標 


@     糖尿病を発症された方は、現在より増悪しないように
A     ご家族、身近な方の糖尿病を予防する
B     糖尿病の発症の仕方について理解を深める

 皆さんの子供さんやお孫さん達の糖尿病を予防するためには、皆さんが勉強して予防法を教えてあげることが大事です。お孫さんたちは皆さんよりカロリーの高いものを食べて成長し、皆さんよりも体を使わない生活をしているはずですので、今後糖尿病を発症する危険は非常に高いはずです。皆さんが教育してあげなければ、お孫さん達を病気から救うことはできません。

 もしかすると子供さん達はすでに皆さんの言うことを聞いてくれないかも知れません。子供さん達の理屈は、「仕事が忙しいから、病院なんか行けない。」「たくさん食べないと、仕事にならない。」などでしょう。そのような考えは、理屈から言うと間違いではありません。口論しても皆さんが負けてしまうかも知れません。でも理屈というのは、正しい視点に立ってはじめて正しい結論に結びつくものです。病気の予防をどうするかという視点があれば、きっと「でも予防するためには、、」という別な考え方もできるようになると思います。

 この勉強会が、その視点(センス)を作るための参考になればと思います。


 健康診断の結果に、どう対処すべきか 

 最初に質問です。健康診断で、あなたのお孫さんか子供さんが、「あなたは糖尿病の予備群です。」または、「あなたはメタボリック シンドロームです。」と言われたら、どうすべきでしょうか。勉強会の最後に説明します。


 糖尿病の患者の数 

 糖尿病の実態調査が厚生省から数年に1回、発表されています。厚生省がすることなので、どこまで信用してよいのか分らないという人もいますが、それによると患者の数は以下のように書いてあります。

 

1997年

2002年

糖尿病が強く疑われる人

690万人

740万人

糖尿病の可能性がある人

680万人

880万人

  

 

 2002年の段階で、740万+880万人もの人が糖尿病だろうと考えられるという結果です。確実に糖尿病は増えているようです。食事と運動量に問題があるためだろうと推測されます。

 ところが、糖尿病の検査で異常があると言われて実際に治療を受けている人の割合は3割少々で、残りのうち3割近くの人は治療を受けていない、さらに3割の人は病院を受けてもいないのだそうです。私の調べた結果でも、人間ドックを受けて異常があると言われた人のうち、1割くらいしか治療を受けていませんでしたので、対処しないといけない人達が実際には放置されていることが多いようです。

 ヨーロッパの対処の仕方 

 検診で糖尿病らしいと分った時に、忙しい中で病院を受けること、さらに治療を続けることは容易ではありません。職場が受診を命じない限り、現実的には通院は難しいでしょう。

 ヨーロッパでは糖尿病患者の種類も少し違いますが、受診させる体制が日本と違う国があります。日本のように本人の自覚まかせではないのです。命令で生活指導のための教育入院をしないといけない国もあるそうです。そこまで徹底する理由は、将来もし合併症が起きた時には、それに対しての医療費が膨大にかかるので、それなら合併症予防に予算を使おうという計算があるのだそうです。このような考え方は、日本とはだいぶ違います。我々は昔から戦略性に欠けているような気がします。

 糖尿病を予防する意味 

 糖尿病になると、どのようなことが辛いのかは皆さんが一番よくご存知だと思いますが、以下に列挙してみます。

 治療しないで放置すると合併症で苦しむことが予想される
 そのことが将来の不安につながる

 面倒な治療を続けないといけない(短期間で終わらない)
 インスリンや血糖自己測定が必要なこともある(痛い)
 嗜好品(お菓子や酒)をガマンしないといけない 
 医者や栄養士にやかましく言われて気分が悪い
 家族からもあれこれ注意されるので、けんかになる
 合併症の症状
 医療保険が制限される
 治療代がかさみ、通院の時間もかかる

 さまざまな不都合がありますから、可能なら病気を予防したいものです。予防できれば合併症が少なくなりますし、おそらく医療費や保険料を節約できますので、健康の面でも金銭の面でも良い効果が得られるはずです。

 また自治体にとっても、糖尿病患者を減らすことで医療費を節約し、住民の健康を維持することができるなどの好ましい効果が期待できます。


 予防効果の調べ方 

 予防法を説明する前に、ここで効果の調べ方について述べます。「この食品を食べれば糖尿病が予防できた!医者も驚く効果!」という広告をよく見ますが、本当の効果はどれくらいあるのでしょうか?

 効果を判定するためには、例えば薬を飲む人と飲まない人のグループを、本人のやる気に違いがないように分けなければなりません。もし、片方の人達だけ治療へのやる気があれば、当然やる気が結果に関係してきます。

 糖尿病は夏場に自然にコントロールが改善することが多いので、検査を冬に始めて夏に終われば、それだけで良い結果が出て効果があるかのように見えるかもしれません。その他、食事が同じか、年齢が同じか、性別、地域などなど、そのような要因が結果に関係しないように厳密にしないと信用できません。

 1万人の中から患者さんが2人発生していた場合に、薬によって1人しか発生しないようになると、「患者を半分に減らした!すばらしい効果です。」と、言うことができます。全体で1万人の中で、1人と2人の違いがどれくらいの意味があるのかを考えなければなりません。

 検査をする施設、研究機関が一箇所だけに限られると、もしかして結果をごまかせば、どのような結果が出るのか分らなくなります。ごまかすつもりがなくても、個人的な判断が加わってしまうと結果に影響してきます。そして、検査が人道にふれるようなこともあってはなりません。それらをすべて満たして、初めて信頼できる研究になります。もちろん広告だけでは信用できません。


 予防効果の証明された方法 

@生活習慣を改善すること

  人間ドックで糖尿病の予備軍(耐糖能障害)と判明した人に生活指導をするのとしないのとで、糖尿病の発生率がどれくらい違うのかを比べた統計があります。これは日本人の調査です。その指導は、以下のような内容です。

  半年間で4回の糖尿病教室を開催する
  冊子「糖尿病にならないために」を配る
  半年に1回の保健指導
  毎月電話などで生活習慣の改善を呼びかける

この試験での糖尿病の患者発生数は以下の通りです。

 

1年後

2年後

3年後

4年後

5年後

指導する

10

12

指導しない

12

18

21

23

 上の表を見ると、どの年度でも生活指導をした人達の方が糖尿病の発症が少ないことが分ります。およそ半分くらいの患者数しか糖尿病を発症していません。発生を半分に減らせるなら大変な効果だと思います。

 もちろん、逆に考えると生活指導を受けても結構な数の人が糖尿病になってしまうとも言えます。この研究の患者数は、最初は250人くらいだったのに転勤やその他で最後は50人くらいしか残っていませんでしたので、250人全体でどのような結果だったのかには疑問が残るところです。

 さて、生活指導を受けた人達は、体重は減っていたでしょうか?平均では1.5キロくらいは減っていたそうです。お腹周り(ウエスト)も1.7センチは細くなっていたそうです。体重が減った人達は、さすがに糖尿病の予防効果もはっきりしている傾向があったそうですから、やせることは大事ですが、意外に変化は少ないようですので、思うようにやせないから自分には効果がないと考える必要はないでしょう。10キロ減らすといった激しいダイエットは必要ないのかもしれません。

 外人の研究もあります。そのひとつ(Diabetes Prevention Program)を紹介します。

 糖尿病の発症の危険が高い人達を選んで、半年間で16回の徹底的な面接指導を行って、その後は毎月面談や電話で励ますという内容で、糖尿病の発症がどれくらい減ったかを調べてあります。

 結果は、何もしない場合に糖尿病の発症が3年間で29%もいたのを14%まで落すことに成功したそうです。そして、およそ4〜5割の人で体重を減らすことに成功したそうです。

 3年間で3割も糖尿病になるのは特別な人達でしょうから、皆さんにすぐ当てはまる結果ではありませんが、生活指導に効果があることについては、ご理解いただけると思います

 もともと肥満があるか否かで効果に差がなく、肥満していない人でも一定の予防効果が期待できるそうです。


A薬による予防

 薬によって糖尿病の発症を抑えることは、薬の売り上げに関係するために、さかんに研究されました。

 およその効果を説明します。例えば糖尿病予備群(耐糖能障害)の方で、そのままの生活をしていたら何年か後に100人のうち12人が糖尿病を発症している場合に、メトホルミン(当院ではグリコラン、メデット)という薬を飲んでもらっていれば、100人中6〜7人くらいの発症に止まるそうです。ノスカール(現在販売中止)だと、同じく3人くらいに止まるという統計もあります。ベイスンという薬を使った試験でも、ある一定の条件で4割の方が糖尿病になっているところを3割くらいの発症におさえることができたそうです。

 これらの試験は、特定の条件でされたものですので、誰にでもあてはまるものではありませんから、参考程度に止めて下さい。わかりやすいように、概算での結果を下の表にまとめます。

 

糖尿病患者数/総数の変化

メデットの効果

12/100人→ 6〜7/100人

ノスカールの効果

12/100人→  3 /100人

 また意外なことですが、生活習慣をただして、しかも薬を飲めば最も効果がありそうな気がしますが、生活習慣を正す以上の効果は認められていないそうです。不思議ですが。

 早い時期からインスリンを使ったらどうかという試験もされました。この研究は、通常の成人発症型の2型糖尿病ではなく、若い人に多いタイプの1型糖尿病について調べたものですので、あまり参考にはなりませんが、結果としては糖尿病の予防には効果が認められないというものでした。

 海外の試験ですが、肥満を抑える(脂肪分の吸収を抑える)ゼニカルという薬でも糖尿病の発症を少し減らせるらしいことが発表されています。

 薬を使って糖尿病を予防すべきか 

 このように薬に糖尿病の予防効果があることが証明されましたが、では糖尿病の予備群の全員にこれらの薬を飲んでもらうべきでしょうか。この問題は、まだ結論は出ていないと思います。

 私は、自分が予備群なら飲みたい、もしくはインスリンを注射したいと考えます。糖尿病は、よほど強力な治療をしないと病状が進んでいくことが多いので、少しでも自分の代謝の能力を保ち、なるべく軽症で止めたいと思うからです。

 ただし、試験結果を見ても分るとおり、せいぜい発症が半分くらいに減るだけで、薬だけ飲んでも糖尿病に絶対ならないわけではありませんから、やはり自分の生活態度も改めたいと思います。今でも禁酒していますし、週に1〜2回は運動もしていますが、それくらいでは安心できません。ご飯の重さも測って単位計算をして、その他にもできることなら何でもやってみようと思います。

 ただ、これは私が糖尿病の人をたくさん見てきているからだと思います。知り合いの先生でご自身が糖尿病の方達に聞いてみますと、禁酒し運動療法を充分やっている方は珍しいくらいで、「分ってはいるんだけどね〜。」と、おっしゃいます。医者も自覚がない方がほとんどですので、皆さんも自信を持っていいでしょう、とは言いませんが。

 薬には必ず副作用の可能性がつきまといますから、安易に処方することは許されません。生活の改善がこれ以上できない、もしくは観察しているばかりでは悪化するとしか思えないと判断したら薬をお勧めするべき、というのが現在の考え方だと思います。


 具体的な生活習慣の改善法 

 糖尿病を予防し、また発症した方については今後の病状の増悪を防ぐ方法について、研究で効果が確認されているものを紹介します。意外に単純です。

 減量について

 もし太っていたら、5〜7%の体重減少をめざしましょう。外人のデータでは肥満者を対象にしている関係で、5〜7%の減量を基準にしており、減量できた人ほど予防効果も高かったようです。

 日本人のデータで見る限りは、何%かにこだわる必要はないかもしれません。必ずしも減量の目標に達していなくても、効果がありそうですから。でも、やせられた人達の方がより予防効果があったことは確かですので、可能ならやせたほうが良いことには変りありません。

 減量のためには、食事のカロリーを減らすことにつきます。具体的に何を減らすのかが問題ですが、その人の食事内容によって違ってきますので、一概には言えません。一般に考えられているように、ご飯を減らすことではないかも知れません。確実に言えるのは、お菓子やアルコール類を取っていたら減らしたほうが良いということです。本来、必要のないカロリーですから。

 食事のカロリーの減らし方も個人差がありますので、細かく相談しながらやるしかないと思います。一般的に、太った方は年に体重が数キロ減るくらいが望ましいのでは?と言えます。極端にやせると不整脈や結石を発生させる可能性がありますので、やりすぎには注意が必要です。

 脂肪分の割合について

 脂肪分の割合を是正することには効果があると考えられます。これは、フィンランドとアメリカの研究で効果が確認されているからです。日本の高齢者の場合には、1日の食事のカロリーにしめる脂肪のカロリーの割合が3割を超えている人は多くないと思いますが、若い人はアメリカより脂肪分を摂っている人も少なくないので、これを少なくとも3割以下、できれば25%くらいまで減らすことで効果が出るはずです。脂肪分を減らせば、それだけでカロリーが相当減ってくるはずです。 

 注意しないといけないのは、脂肪分とお肉は必ずしも同じではないので、肉類まで制限してしまわないようにすることです。要するに脂身を除いて食べれば良いと思います。どの肉に脂身が多いのかは、食品交換表を参考にしていただければ分ります。こま切れの肉は箸で脂身を分ければ良いでしょうが、ひき肉の場合は脂身を除くためにはゆでる必要がありそうですから、肉の種類と調理法によっても調整はできるかもしれません。

 コレステロールに良いからと考えて、植物性の油を積極的に増やす必要もないと思います。動物性の脂(バターなど)からは切り替えた方が良いでしょうが、量が多すぎると植物性でも代謝への悪影響があると予想されます。

 さらに注意点しないといけないのは、脂分を減らしすぎる人が出ないことです。これは若い人では稀だろうと思いますが、健康に気を使う痩せた方の場合はありえます。脂肪分に含まれるビタミンを確実に摂っていないと体調に悪影響がありますので、制限の仕方については医師や栄養士に確認することを怠ってはいけません。「私は完全な菜食主義で、魚も肉も食べず、野菜もいためたりせず、必ず煮て食べております。」となると、ちょっとやりすぎになるはずです。おそらく骨などに問題が出てくるのではないでしょうか。

 運動

 少なくとも1週間に2〜4時間以上の運動をすることは効果があると思われます。試験では速足程度の運動を勧めましたが、膝が悪くなる人も多いので、必ずしも歩くことにはこだわらない方が良いと思います。「雨が続いたので運動していませんから、血糖値が高いはずです。」という言葉をよくお聞きしますが、正しい考え方ではないと思います。運動は天候に関係なく必要ですので、雨の日は歩く以外の運動、例えばラジオ体操などを長めにやればよいと考えます。少なくとも、歩く以外の運動では効果がなかったという報告はありませんから、何かの運動をすれば良いはずです。




 定期的な面談

 健康診断で異常がある人のご家族にお聞きすると、「夫に、病院に行けと言うんだけど全然言うことを聞かなくて、もうどうなっても知りません。」と、おっしゃいます。

 日本の場合は、病院に「私は糖尿病の疑いで来ました。」と言うと、通常は自動的に血糖値とHbA1cを検査され、食事指導を受けてクドクドと説教めいた指導を受けて、薬をもらうわけでもないのに高いお金を払わされて、また3ヵ月後に来てくださいなどと言われます。たいていの人は、「フン、バカバカしい。もう来るもんか!」と思ってしまいます。

 毎月検査をしないのは、病院側が良心的だからだと言えます。糖尿病の予備群の方に毎月血液検査をしたほうが良かったというような研究はありませんので、するべきではないと思います。薬を出さないのも、まだ糖尿病ではないのだから、という考えがあるからで、これもおそらく良心的な判断だろうと思います。ただし、せっかく時間をさいて受診したのに説教ばかりでは、受診したくなくなる気持ちもわかります。


 仕事をされている若い方に月1回病院に来てくださいと言っても、よほどの根気が要るでしょう。病院や保健婦、もしくは職場の健康管理者が連絡して励ますことが、費用のことも考えると効率的だと思います。ただし、それをボランティア精神だけに任せていてもダメでしょう。


 ベテランの先生達にお聞きすると、糖尿病の患者の会に参加したり自主的に来院されて栄養指導を受けられる方の場合は、患者さんの意欲に任せる、仕事の関係で来れない人は日曜診療のクリニックを紹介したり、ファックスや電話や葉書で注意をすることが理想だと考えておられるようです。ただし、実際には連絡しても返事がないことも多いようです。

 軽い糖尿病の方には薬を出すことを原則にしている先生もおられます。そうしないと、2度目に来た時はもう病状が進んで失明していたりすることが多いからです。確かにそのような例は少なくありません。

 健康診断の結果に、どう対処すべきか 

ここで最初の質問にもどります。あなたの息子さん、お孫さんが、「あなたは糖尿病の予備群です。」または、「あなたはメタボリック シンドロームです。」と言われたら、どうすべきでしょうか。メタボリック シンドロームは、昨年の勉強会でも説明しましたが、糖尿病予備群と同じような意味を持つ状態です。

 生活習慣を改善する。週に2〜4時間以上の運動。
 カロリーを減らす
 脂肪分を全カロリーの3割以下に減らす

 肥満を少しでも解消する。
 病院に行かせる。受けなければどうなるか根気良く説明。

 ここで述べたようなことが、あなたが伝えてあげるべきことだと思います。

 小学生にも栄養指導を 

 さらに申し上げれば、にくたらしいそこらのガキはさておき、少なくとも皆さんのかわいいお孫さん達だけには、小学生の低学年の頃から糖尿病についての知識を持たせておいた方が良いと思います。学校の保健の授業で習う頃ではもう遅いかもしれません。小学生に栄養指導をする、これは非常に大事なことです。あまり認識している医者はいないようですが、ものごころつく頃から食事や運動についてのセンスを身につけておくことが理想だと思います。

 センスがなければ、「仕事が忙しいから」「症状がないから」などの理屈を並べて、皆さんの言うことを聞いてくれなくなるでしょう。理屈はなんとでもつけられますから。







ガマン

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