鉄 


心不全への影響
  
鉄分を注射で補充することで、貧血のある心不全の患者さんの状態を良くすることができるという研究結果が発表されています(NEJM2009,Vol 361: 2436-2448)。
貧血(血液が不足すること)の人に鉄分の補充が有効なのは常識ですが、貧血にも色々あって、鉄分が不足しない貧血の場合は効果を期待できないはずです。でも高齢者では、検査上は鉄欠乏でない人にも鉄剤が有効であることを経験します。わずかな貧血の改善で心臓の負担が減り、全身状態が改善するからかもしれません。
貧血以外の面で効果を発揮している可能性もあります。例えば、心臓を維持するためのホルモンや心筋蛋白の内部に鉄が結合する部位がありますので、結合しないと機能が弱くなるといった可能性も否定できません。 
鉄は体内で色々変化します。仮にクギやフライパンをかじることができたとしても、そのまま血液にはなりません。体内に吸収される時、貯蔵される時、赤血球の中にある時、血液が分解された後など、状況によって様々なタンパクに結合した形で移動します。    


鉄の吸収に関して 
鉄は適度に胃酸やビタミン、微量ミネラルが働いた状態で腸から吸収されるそうです。ただし吸収の効率は絶えず変化していると思われ、下痢のとき、他に何か吸収阻害を起こす物質や食品を食べるか否かによっては、思ったほど吸収効率が良くない場合もあるように思います。おそらく、いくつかのホルモンやチャンネルという蛋白が連携して吸収と排泄を調節していますが、肝臓から分泌されるホルモン(ヘプシジン)は有名です。 
鉄以外のミネラル、例えば銅が不足すると、なぜか鉄分の吸収が落ちることもあります。貧血の薬をお茶といっしょに飲むと、タンニンという成分が邪魔して吸収量が減るという話もあります。 
ほうれん草は鉄分が多い食品の代表ですが、鉄の吸収を阻害する物質も多いという報告もありました。 
胃の手術の後は、胃酸が減る関係で吸収が変わる、胃酸を抑える胃薬で貧血の薬の効果が落ちるなどはよくあることですが、常に起こるわけではありません。吸収する腸管の長さが充分あることも大事な条件のようです。大きく腸を切った患者さんは、鉄分を含むもろもろの物質が不足することを経験します。        


鉄の貯蔵に関して  
鉄が充分量あるかどうかは、自覚症状では判りません。吸収される鉄は目では見えませんので、医者が診察して貧血に気がつくのは、かなり進んだ場合だけです。
鉄欠乏の診断の際には、血清鉄、血清フェリチン、鉄結合能(TIBCかUIBC)を測定するのが一般的です。これらは血液中の成分と鉄が結合した物質ですので、体内での鉄分の貯蔵量を推定することができます。ただし近年は保険支払い側の制限が厳しくて、全てを検査できないこともあります。普通の職場検診や特定検診では測定しませんから、「何も言われなかったから鉄欠乏ではないのだろう。」とは限りません。     


鉄の役割に関して 
人体の中で鉄が持つ大きな働きは、酸素と結合して血液中を移動し、酸素を運ぶことです。血液の成分のヘモグロビンは、鉄イオンを含みます。 鉄イオンが酸素と結合しやすい性質が、そのまま血液の働きになっています。 それ以外にも筋肉内のタンパク質であるミオグロビンの形成にも関係しています。ミオグロビンの量や活性度が筋肉の能力とどの程度関係しているのか私は知りませんが、冒頭で述べた心機能と関係している可能性はあるでしょう。   


鉄欠乏になりやすい状態 
教科書に載っている一般論として、若い女性は鉄欠乏状態の傾向があります。生理出血の関係です。子宮筋腫ができた場合は特にひどくなる傾向があります。 激しいダイエットや偏った食生活も鉄分の不足の原因になりますので、よくひとり暮らしの学生が貧血になります。
専門家によれば剣道や長距離走の選手などで、血液成分の破壊が進んで貧血をきたす場合もあるそうですが、経験したことはありません。胃や腸から出血して激しい鉄欠乏になることはよくありますし、理由は分かりませんが慢性の感染症が間接的原因と思われることもあります。     


鉄分の補い方 
一般に野菜や肉を増やし、炭水化物に偏った食事を止めることが勧められています。ほうれん草は鉄分が多い野菜ですが、吸収には難があるらしいので、特に選んで食べるべきか解りません。ほうれん草を食べる時にはビタミンを補充すればよいなどと書かれている文章を読んだこともありますが、実際の効果は判定しようがないように思います。
鉄の含有量は野菜の産地の土壌によっても違いがあるような気がしますが、これも詳細は調べようがありません。 
鉄分を含む薬はなぜか胃の症状を起こしやすく、最初はよく胃薬を併用してもらいますが、中にはどうしても飲めない人もおられます。胃薬の併用は吸収効率を悪化する可能性もあり、その場合は注射薬を使います。
内服の場合は原因によって飲む期間が変わりますが、できれば半年くらい続けて充分なレベルになったら中止するのが一般的と思います。しかし、今後は心臓病の有無などによって変わってくるかもしれません。  


鉄分の害   
いっぽうで鉄分を補いすぎると害(鉄中毒)もあります。鉄の許容摂取量は非常に少なく、これを超えると有害な成分が体内で合成され、内臓に余分な鉄分が沈着し、糖尿病や肝硬変を発症する、場合によっては死に至ることもあります。 
一般に血液が濃すぎる(貧血の逆)人は血圧が上がる、脳卒中を発症する確率が高くなるなどの問題もありますので、貧血でない人に鉄分を補充するのも問題です。
スポーツ選手の中に鉄剤を希望される人もいますが、効果と副作用を管理しないと危険です。サプリメントで鉄分を補おうとする人を見かけますが、必要充分な量を確認することも大事です。自分の感覚で必要量を感じ取ることはできません。  





 平成22年9月25日 診療所便りより