低血糖への対処法
勉強会資料 平成19年4月19日 橋本 泰嘉
@ 低血糖のために備えておくものは?
A 低血糖の症状は?
B どのような時に低血糖が起こりやすいか?
C 低血糖を予防する方法は?
低血糖については繰り返し勉強していただいておりますが、外来でお話してみると驚くほど忘れていらっしゃいます。大事なことは、上にまとめた4点だけだと思います。今日は、ぜひこの4点の知識を身につけて下さい。
低血糖のために備えるものは?
( 解説 )
理由は、ほとんどの人がアメを食べたくなるのを我慢できないからです。いつの間にか低血糖でなくても口にするようになります。低血糖を理由にお菓子を持つことは、血糖コントロールを悪くします。例外はほとんどありません。コントロールを悪くすれば、せっかく頑張って薬を飲んでも注射をしても、意味がなくなります。低血糖用のブドウ糖は非常に甘いのですが、美味しい甘さではなく、きつい甘さですのでお菓子にはなりません。クセになりにくいために、持ち歩くのに向いています。
ブドウ糖は治療内容に関係なく効果があることも良いことです。ベイスン、グルコバイなどの薬は糖分の吸収をおさえるので、これらを飲んでおられる方は特に普通のお菓子では効果があまり期待できません。あめ玉では溶けるまでに時間がかかりますし、吸収されるまでにまた時間がかかります。その間に意識を失ってしまうかも知れません。早く効かせるためには、ブドウ糖が最適です。
低血糖を経験すると、「あんなに激しい症状だったのだから、自分は低血糖をいつも感じることができるはず。」と思い込む方が多いのですが、血糖を測定してみると意外に感覚は当てになりません。単にお腹が空いているくらいでも激しい空腹感に襲われることはよくあります。自分の経験に基づいて判断するのは大事なことですが、低血糖症状に関しては勉強の内容も参考にすべきです。
低血糖だと思ってアメ玉を口に入れていたら、やがて始終くわえていることになります。そうすれば、どうしても血糖値が上がります。
ジュースの中にはブドウ糖が入っているものもありますが、最近の流れとして糖分を少なくしようという傾向がありますので、中には低血糖には無効なジュースもあります。
低血糖の症状は?
症状が出た時には、以下のようなものが多いようです。
T 冷や汗、ドキドキ
U くちびる、口のシビレ
V 手が震える、体がガタガタする
W だるくなる、気分が悪くなる
X 意識がボーッとする
Y 目がかすむ
Z 異常におなかがすく
( 解説 )
通常は血糖値が下がっても症状は出ないことが多いようです。私が実験台になって血糖を30くらいまで下げてもらったことがありますが、自分自身は何も感じませんでした。単に私が鈍いのかも知れませんが、どうやら人の感覚は血糖値に関しては当てにならないようです。時には予想と合致することもありますが、いつもではありません。自分だけが感覚がするどいと、自信過剰にならないようにして下さい。
出やすい症状には傾向があります。興奮した時や緊張した時にはドキドキと動悸があったり、体が震えたりしますが、低血糖の時にはたらく神経も同じですので、同じような症状が出ます。いっぽう、だるくなったり意識がボーっとするような感覚は疲れて眠りたい時の症状ですが、この時はたらく反応も同じです。教科書を読むと、「交感神経、中枢神経」などが働いて症状が出ると書いてあります。低血糖に独特の症状はありません。風邪の症状や、空腹だけの症状、疲れなどと区別がつかないのが普通です。
低血糖を起しやすい時は?
T 運動や作業の量がいつもより多かった時
U 食事の量が少なかった時、遅れた時
V 食事の内容(野菜が多かった時)
W 下痢をした時(吸収が悪いから)
X インスリンの混ぜ方が足りなかった時
Y 薬を増やしすぎた時、間違えて多く飲んだ時
Z 腎臓や肝臓の働きが悪くなった時
( 解説 )
食事療法だけで治療されている方は、通常は低血糖にはなりません。食事を抜いても体が自然に血糖値を維持しますので、正常に保たれるのが普通です。低血糖は、ほとんどは薬が原因で起こります。薬を飲んでいる人が普段より多く体を動かした時は、運動療法の効果で低血糖になりやすくなります。また、当然ながら薬を飲んでいる人が食事を取らない、食事が遅れる、食べた量が少ないなどの時は、やはり低血糖を起こしやすくなります。
病院を受ける日は低血糖が起こりやすくなります。普段より忙しく準備すること、普段より少なく食べて成績を良くしようとすることなどが理由だと思います。極端に野菜が多い時は食物繊維が糖分の吸収を遅くしますから、血糖値が低めになって低血糖を起すことがあります。食事全体としてのカロリーが同じでも、吸収の速さは血糖値に影響します。下痢した時も食物の吸収が少なくなるために低血糖を起す原因になります。当然ながら嘔吐された時も同様です。
インスリンを注射されている場合で、特にインスリン注射液の混ぜ方が足りなかった人では多量のインスリンが注入されてしまうために、低血糖を起しやすくなります。ただし透明な注射液の場合は、混和不足の心配はありません。
腎臓や肝臓は薬の効果に関係してきます。働きが落ちてきても、体調は悪くないかもしれませんが、薬の代謝が遅れて長く効果が残ってしまうことがあります。定期的に病院で肝機能などを測定するのは、このような問題を避けるためです。
低血糖の予防方法
T 低血糖を起こしやすい状態にしないこと
U 血糖値の測定
V 周囲の方との協力
当たり前ですが、「低血糖を起しやすい状況」で述べたような状況は可能な限り避けて下さい。もしやむを得ずそのような状況になった場合は、確実に対処できるような準備が必要です。 食事が取れないような場合は、最低でも何かが口にできるように工夫して下さい。
病院を受診した時、またはご自分で測定できる人はご自分で、血糖値の状態を知っておくべきです。例えば、ヘモグロビンA1cが下がってコントロールが改善して来ているときは、あまり激しくない運動でも今までより血糖値がずっと下がることがあります。そのようなことは普段からご自分で心がけて測っておかないと分かりようがありません。病院まかせでは、運動や仕事によって、血糖値がとても下がることを予測できません。
思いがけず急に低血糖を起こした時は、ご自身だけではとても対処できません。ご家庭や、仕事場で治療中であることを秘密にしている方を見かけますが、非常に危険なことだと思います。周囲の方には、病気の治療内容や低血糖の時の対処方法を説明して、協力をお願いしなければなりません。そうしないと命にかかわることがあるからです。
そもそも低血糖とは?
低血糖とは、血糖値が異常に下がりすぎた状態のことです。教科書には100以下〜50以下などと書かれていますが、血糖値には個人差があるので、数字でいくつ以下が低血糖であるとは言えません。例えば血糖値100は、ある人にとっては普通の値ですが、糖尿病患者さんの中にはこれで気分が悪くなる方もいらっしゃいます。正常の人でも、早朝空腹時の血糖にはかなりの差があります。その方にとって病的に下がったという点が大事なのだと思います。
低血糖の危険を冒してまで血糖値を下げる理由は、ご存知と思いますが糖尿病による合併症を防ぎ、寿命を延ばし健康的な生活を保つためです。目的を忘れてはなりません。低血糖を頻発してまでコントロールする必要はありません。もし低血糖を起したとしても、障害を残さない程度の軽症に止めなければなりません。
低血糖の時にすべきこと
T 早く血糖値を上げる工夫をする。
ブドウ糖を半分〜1袋飲む
運動や仕事は休む
右を下にして寝る(腸に早くブドウ糖を送るため)
追加で飴玉を食べたりしない
食事を早めに取る
グルカゴン注射?
( 解説 )
低血糖をそのままの状態でほっておくと、命にかかわることがあります。血糖は脳にとって一番大事なエネルギー源ですので、長時間血糖が低い状態が続くと、脳の細胞の中に活動できないものが出て障害が残ります。障害が強くて、脳の働きが落ちれば、程度にもよりますが、寿命も短くなる傾向があります。
意識がはっきりしているならば、ブドウ糖を飲んで休めば数分で症状は取れます。統計による有効量は不明ですが、10グラム(皆さんがもらう袋では半分から一袋に相当します。)で通常は充分です。一般に、ブドウ糖以外の糖分は有害無益です。たくさんのお菓子を口に入れても、どうせ吸収するのに時間がかかりますので、あまり意味がありません。かえって回復後も急激に血糖値が上がって、その後の正常化が遅れてしまいます。
低血糖の後また仕事をするとまた低血糖になることがありますので、症状が取れた後は、早めの食事を取ることが原則です。 意識がない場合や血糖値を測って明らかに低い場合は、ご家庭に常備しておいて家族が緊急で注射する薬(グルカゴン)もあります。
U 意識の状態を見定める
( 解説 )
もし意識もうろうとしていた場合は、無理に口から何かを食べさせると、窒息したり肺炎を起こしたりすることがあります。意識がない場合は脳卒中のことも多く、低血糖とは限りませんから、救急車を呼ぶことをお勧めします。
意識があって口から何か飲めそうなら、ブドウ糖を飲ませるのが基本です。呼びかけて反応があるかどうかで判断して良いと思います。ブドウ糖をやってしまったために血糖値が高くなっても、病院なら簡単に対処できます。先程述べましたように、意識がない場合は家庭に常備しておいて家族が緊急で注射する薬(グルカゴン)もあります。非常に有効で、回復しない低血糖はないくらい強力です。救急車が到着する頃には、ほとんどの人は意識を回復しているはずです。救急車が来てから病院で治療をするまでに相当な時間がかかりますが、この間に血糖値を上げておれば脳の障害はほとんどないはずです。怖がって注射をしてくれない家族がほとんどですが、命をつなぐためには持っておいたほうが良いと思います。
V 血糖値を確認する
( 解説 )
低血糖の症状は、低血糖以外の病気の症状と区別しにくく、実際の値を測ってみたら意外に高かったということがよくあります。意識がもうろうとした時には、血糖測定は後回しでいいと思いますが、可能な限り確認するべきだと思います。
高血糖で意識をなくしている場合もあります。薬を中止した場合は、そちらの可能性のほうが高くなりますが、これも測ってみないと分りません。もし、高血糖で倒れた時にブドウ糖をやってしまったらマズイのではないかと思われるかもしれませんが、血糖に関しては病院についてから何とでもできます。脳の障害を防ぐために、低血糖が疑われる状態なら、やって構いません。
低血糖かどうかはっきりしない時には血糖測定することが原則です。自分で測る余裕がある時は自分で確認すべきだと思いますが、激しい症状があって手が震えるような場合には、まず飲んで回復しはじめてからでもいいかも知れません。状況にあわせて下さい。
低血糖を予防する考え方
以下の話を例として、考え方の問題点を挙げてみます。皆さんも考えて下さい。
「今日は病院を受ける日。病院は込み合うので、8時くらいまでには順番を取っておかないといけない。このごろ血糖値が高めで先生に文句を言われているが、昨夜はスキヤキをたくさん食べてしまったので、きっとまた小言を言われるだろう。今朝のご飯は食べないでおこう。薬を飲まないと、また注意されるので、薬だけは飲んでおこう。」
(解説)
先生の文句を気にしすぎているように思います。全く話を気にしないのは困りますが、怒られることより自分にとって悪いことをしないように努めていただきたいと思います。 スキヤキは構わないのですが、量に注意すべきです。また、食事を抜いて薬を飲めば血糖値が下がりすぎることに気づかないといけません。
ちなみにスキヤキの時に、生卵をタレに入れておられないでしょうか? 保健婦さんから注意があったかもしれませんが、生卵は時にバイキンが付いていることがあります。臭いを嗅いだくらいではわかりませんので、生卵は食べないようにして下さい。さらに、糖尿病の方の場合は、よほど大きな方を除けば、一食あたりの表3の食品は3単位を越えないはずですので、卵を食べてしまうと肉の量を制限しないといけなくなります。せっかくのスキヤキが、‘スキヤキの味つき野菜だけ’になってはつまらないと思います。
「病院を受けるためには、着替えや保険証の準備などを急いでやらないと間に合わない。バスの本数も少なくて遅れたら大変なので、食事の片付けも急いでやってしまおう。家を出たら財布を忘れていることに気がついた。仕方ないので取りに帰って、バス停まで走って行こう。」
(解説)
バスの本数が減るのは困りますが、遅れても命を失うわけではありません。財布を忘れても運転手は怒らないと思います。病院の支払いも遅らせてくれます。あまりのんびりしすぎて、いつも乗り遅れるのは良くありませんが、普段より極端に忙しく動くのは低血糖の誘因になります。可能でしたら、準備を前の日に済ませておくようにしたいものです。私も子供の頃、母からそのようにせよと怒られていましたが、その通りだったと思います。
「昨日まで雨が続いたので洗濯物がたまっている。朝のうちに1週間分をいっぺんにやってしまって干しておくと乾くから、朝4時から洗濯機を8回まわして一気にやりあげよう。昼飯を食べている暇はない。たぶん3時くらいには洗濯が終わるから、それからゆっくり食べよう。」
(解説)
洗濯を頑張るのは、衛生面でも良いことです。しかし、8回分を干したら相当な運動量になるでしょう。何も病気がない人でも異常が出てくるかもしれません。さらに食事を極端に遅らせると、薬の効果が強く出た時には激しい低血糖がくるはずです。飲み薬の場合は、食事の間隔が開かないように、いつも通りの時間に食べるようにすべきです。中には速効性の薬や注射液を使っているために食事時間が変動しても対応できる人もおられますが、少数派です。ほとんどの人は、食事の時間に変動がないように注意して下さい。
「庭の草も雨の間にひどく伸びている。今日中にむしっておかないと、また雨が降り出すのでほったらかしになる。今日は5時間くらいかけてでも全部片付けてしまおう。」
(解説)
体の使い方が一定しないと、当然なことに血糖値も安定しません。久しぶりに畑仕事を始めた、正月開けに急にたくさんの仕事をこなした場合には皆さんよく低血糖を起されています。いっぺんに仕事しないと気がすまない性格の方は多く、それは普通なら頑張り屋の良い性格なのでしょうが、血糖のコントロールに関しては良くない影響を及ぼしかねません。
血糖コントロールのためには、地道で見栄えのしない努力が必要です。仕事の成果には現われにくいかもしれませんが、努力の結果はHbA1cに現われてきます。
「手が汚れているので、休憩して何かを食べるのは汚いし、先生から間食はしないように言われていますから、おなかが空いてもがまんしました。気分が悪くなってきましたが、とにかく急いで仕事を終わらないと、家に帰れませんから頑張りました。」
(解説)
間食の問題は、よく頭を整理しておかないといけません。
低血糖の予防の為に間食をしてもらわないといけない患者さんがおられます。これは、インスリン治療中の人に多いのですが、食事の仕事の量や時間の関係で、いつも必ずこの時間に低血糖がくると分っている人です。一般の患者さんは、間食を摂れば摂るだけコントロールが悪化します。
飲み薬で治療されていても、非常にコントロールが良くて仕事も激しい人の場合は、今日は必ず低血糖になると予想される人もおられます。ただし、ほとんどの人はそうではありません。「自分は予想できる。」と思われる人の中で本当に予想が当たる割合は1割くらいです。
血糖値と仕事のバランスが関係してくるので、御自分でよく分らない場合、本当は病院と連絡しながら間食するかどうかを決めるべきだと思います。もし「コントロールが非常に悪いですね。」と言われていたら、通常は予防的に間食する必要はなく、ブドウ糖を持って仕事すれば良いことが多いのですが、病状と仕事の内容にもよります。血糖をこまめに測定されている人の場合は、かなり自分で判断できると思います。
「昨日は遅くまでテレビでオリンピック中継を見たので、今日は眠くてしょうがありませんでした。朝のインスリンを射ってから、しばらく昼寝をすることにしました。いつも適度な休憩を取るように先生からも言われていましたので、まず休むべきだと思いました。少し寝過ぎて、気がついたら昼ごはんを食べずに夕方まで寝ていました。」
(解説)
実際に何人か、このような患者さんがおられました。オリンピック中継などで遅くまで起きておられた翌日は、体も神経も疲れてしまっていますから、低血糖以外の問題も起こりやすくなります。なるべく録画をすることで対処すべきでしょう。
営業の仕事で疲れて車の中でうたた寝をしているうちに意識を失った患者さんがおられましたが、あやうく脳に障害を残すところでした。飲み薬でも同じです。昼寝して昼ごはんを抜く結果になってしまう例が多いようです。
子供の頃に「昼寝をするな。だらしない。」と、怒られたことはないでしょうか。昼寝で30分くらい安静にすることで、体調を良くすることは期待できますが、薬を使っている場合は誰かが起してくれないと危険を伴います。「寝過ごしたらどうなるか。」と頭を働かせておく必要があります。
備えるものはブドウ糖です。アメ玉を持たないように。