パピローマウイルスワクチン        

(男子への接種) パピローマウイルスワクチン(子宮頸癌ワクチン)は、子宮頸癌を減らす目的で導入されたものの、副作用の問題で中断した格好になっています。ニュージーランドでは、男女とも12歳で接種する試験が行われ、成果を出しているようです(BMJ2015;350:h2016)。    
このワクチンは単にウイルス感染を減らすのではなく、感染によって癌が発生するのを防ぐ効果を期待されています。ワクチンの効果は、接種率に左右されます。接種しても‘抗体’が形成されないか、直ぐに効果を失ってしまう方は多いので、集団として抗体を持つ人が多く、ウイルスが媒介されにくい状態であることが望まれます。性的習慣も大きく影響するでしょう。  
女性だけにワクチンを接種するのは、道義的問題があります。性行為で感染が拡がるウイルスに関しては、感染に女性だけが責任を負うべきではないからです。もし接種で効果が上がり、副作用も増えなければ、男女とも接種するのは合理的です。      

(効果) ワクチンで本当に癌を予防できるかは、まだ不明確です。ウイルス感染から発癌まで相当な年数がかかるので、具体的にどの程度癌患者を救えるか不確実で、ウイルスの感染が減ることしか分かっていないと考えたほうが良さそうです。  
この発表では子宮癌などの癌を4−6割程度は減らせそうだという推定結果でした。ただし、一人の癌を予防するために800〜1800人くらいの接種を要する計算だそうで、副作用に苦しむ人が数十万人に一人出る(日本の厚生省のデータ)とすると、危険度や道義的な面に関して、充分な説明を要すると思います。 

(副作用に関する考え方) 奇妙な副作用に関しては報道もされていますし、本も出ているようです。ワクチン接種が始まった時点で、私は今日問題になっている副作用が出るとは知りませんでした。ショックの発生率が特別高いという報告がなかったので、比較的安全だとさえ考えていました。幸い当院で発生した重大な副作用はなかったようですが、事前に危険性を説明できなかった点に関して、私には責任があります。接種するからには説明責任があるはずです。  
情報が伝わらなかった理由がよく判りません。医学雑誌に特別な注意を促す報告は載っていなかったはずです。海外と評価の仕方が違うことが原因かも知れません。人種的な違いか、受ける側の文化、精神面も違うかも知れません。独特な害が発生した理由は、未だ検討中だそうです。  

(評価の方法) 過去の記録を読むかぎり、ワクチンの害を評価する場合は、訴訟が絡むために純粋な評価が困難になりやすい傾向を感じます。また、評価する委員にワクチンの専門家が含まれるはずですが、往々にして専門家はワクチンを開発する意欲がある方が多いらしく、意見にバイアスがかかり易いのかも知れません。さらに、政府が主催する検討会は、役人の責任が追及されそうなデータは事前に排除されかねないといった問題もあります。誰もが納得できる検討は、そもそも難しいのでしょう。    

(単純比較は不適) 800人に一人の効果と、数十万人に一人の害をどう考えるかが問題です。数の大小を比べ、割合が低いから害を無視と考えるのは単純すぎます。害が深刻なら、それを無視することはできません。そもそも、この数値が不正確なはずです。いっぽうで、癌の予防手段を簡単に手放すのは愚かでもあります。癌患者を殺してよいとは思えません。癌と副作用をどう考えるか、簡単に言える問題ではありませんが、それは副作用と効果の正確な評価、それに対する戦略的な方針に左右される問題です。   
副作用を怖れてワクチンを接種しない人がウイルスの媒介者になったら、どう考えるべきでしょうか。悪意はないとしても、道義的問題はあります。ワクチンの害を強調しすぎると癌死が減らせない、これは悩ましい問題です。理詰めで考えると、将来は交際相手をワクチン接種の有無で選ぶ時代が来ないとも限りませんが、それもモラル的な問題を感じます。 
財政も重要です。癌の治療に要する費用と、ワクチン接種に要する費用を比べることも必要です。 癌の予防率、治療費用とワクチンの値段によります。このワクチンは外国製で新しいせいか、結構値段が高めです。 極端な理屈で、一人助けるために800人のワクチン接種費用を使うのは無駄、その人が癌になってから、その人に対処させれば良い、あるいは「俺は男だから関係ない」という考え方をする人がいるかも知れません。 
    

(今後の展望) 副作用に関する検討会の結果が待たれます。それに従うしかありません。 発想を変えて、男性にだけ接種するという選択肢もあります。女性を救うために男児に接種するのは騎士道的行為で、容認されやすいからです。ただし、害は出るはずで、害に対する認識の違いを期待できるだけで、根本的解決策ではありません。  
また、癌が実際にどの程度減ったかの報告も出てくるでしょう。日本での統計は難しいので、海外の統計を参考に、ワクチンの効果が著しい場合は接種が推奨され、害ばかり目立つなら推奨されない、そのようになると思います。あるいは政府の分析結果がどうであれ、ガーダシル、サーバリックスといった既存のワクチンはイメージが悪くなったので、もはや接種の再開は困難かも知れません。再開されても接種率が上がらないと、効果も下がります。したがって、もっと副作用の少ないワクチンの開発が望まれます。 
または夢のような話ですが、健診の方法が変わり、尿や血液で癌を早期発見できるようになれば、ワクチンに依存しない道が開けるかも知れません。ただし、それも健診の受診率が重要になります。 




   診療所便り 平成27年7月分より・・・(2015.07.31up)