脳梗塞への血管内治療
(血栓溶解、除去療法)脳梗塞は、脳の血管が詰まる病気です。麻痺が残り、寝たきり状態の原因になることもあります。もし血管の詰まりをすばやく取り除けたら、麻痺の苦しみを減らせるはずです。
既に緊急用の治療薬として、詰まりを溶かす薬(血栓溶解剤TPA)はあります。有効率は約4割程度と報告されていますが、副作用で出血を起こすと麻痺が強くなり、場合によっては命に関わります。
近年は血栓除去(機械的脳血栓回収術)の技術も研究されています。血管の中に入れる特殊な道具が次々開発され、成績も良くなっているようです。血栓除去の効果が報告されました(NEJM: Feb 11,2015/oa1414792)。治療によって、およそ8割の方は麻痺が軽くなるようです。血栓溶解療法単独より有効と言えそうです。特に太い血管が詰まった時に差があるようです。
今後、急性期の脳梗塞は、血栓を取り除くのを原則と考えるべきかもしれません。 血栓除去療法は、血栓溶解療法の後の選択肢と考える向きがあるそうですが、優先順位が逆かも知れません。血栓除去は、熊本市内でも可能になりつつあります。
(血栓除去の対象)脳梗塞の患者さんの総てが血栓除去できるわけではなく、適応はかなり限られています。現時点では、まず病院の設備が充分で、医者は特殊な訓練を受けていること、患者さんは発作後数時間内、MRI検査などで病状が確認され、出血しやすい病気を持っていないことなど、様々な条件が整わないと対象になりません。
発症して丸一日以上経って、麻痺が進行したからと希望されても治療してくれませんし、施行すると状態を悪化させるかもしれません。ただし、実際の脳卒中では麻痺が遅れて出てくることも多く、発作直後はほとんど症状がないことすらあるので、気づいても遅い例が多いのも現実です。タイミングを逃す例は今後も多いかも知れません。
(治療と予防の問題点)血栓溶解療法の問題点は、出血の危険性と効果です。期待の血栓除去療法は発展するはずですが、これにも解決すべき問題はあるでしょう。細くてワイヤーが入らない血管には使えませんし、血管を傷つける危険性は常にあります。治療を担当する人員の確保、配置も問題です。
新しい治療法が出ると、それで全て解決したかのように錯覚しがちですが、脳梗塞は基本的には完全治癒が困難な病気です。発症すれば、なんらかの後遺症を残してしまうことが多く、回復を望めないケースも少なくありません。予防が重要であることを強調したいと思います。ところが残念なことに、予防法も明確ではありません。 生活習慣の改善や血圧、コレステロール、血糖などの問題を改善することで、かろうじて発症率を減らせるといったレベルです。
脳梗塞診療の全般の問題点は、@予防法が確立すること A予防法の倫理的、経済的妥当性、B治療体制の拡充、C治療による副作用の管理、D治療の倫理的、経済的妥当性、E治療法の選択、適応の確認、F血栓除去療法の併用薬の確認、それらがまず考えられると思います。
(生命予後の問題)血管内治療による死亡率の上昇が心配です。脳梗塞は、意外に患者さんが亡くなりにくい病気です。よほど重症の心不全や腎不全、肺炎合併の方でなければ、古い治療でも急性期は乗り越えられます。救命に徹すれば、重症脳塞栓を含めても死亡率は数%です。
単純比較はできませんが、この試験では9%の方が亡くなっていましたので、旧来の治療と比べると、生命予後に関して分が悪いかもしれません。血栓溶解療法もそうですが、もし治療によって死者が増えるなら、たとえ多くの人を麻痺から救う治療法と言えども生命倫理の点で許されるのか、議論は必要です。有効性と危険性を吟味すべきでしょう。有効だが生命倫理上禁止・・・その可能性はあります。
(今後の治療の展開)梗塞の場所や範囲、血管の条件、発症からの時間、併用する薬、治療器具(デバイス)などを入念に調べ、危険度をどこまで減らせるか、検討されるはずです。器具の性能がどんどん進んでいるので、閉塞の場所によって最適な道具を選び、あっと言う間に麻痺がなくなるのが当然のことになるかもしれません。治療成績はさらに良くなるように思います。
私個人の経験上、太い血管の梗塞と小さな梗塞で治療内容を変えると、病態や原因に関わらず成績が良い印象がありましたが、そのような考え方は一般には認められませんでした。病態中心の考え方が主流で、専門家達にお聞きしても、ひたすら血栓を溶かすことへの期待が目立ったように感じました。技術上、仕方ない面もあったと思います。でも器具の開発が進んだので、閉塞部の血管の太さや梗塞のサイズに応じて最適な治療法、デバイスを選べる時代が来そうです。
診療所便り 平成27年4月分より・・・(2015.04.30up)