糖尿病性神経障害で知っておきたいこと  橋本 泰嘉

 神経障害の原因や分類についての学問的な話は、書店の本や冊子に載っていますので、それらで勉強してください(眠くなりますが)。ここでは、学問的な順番から離れて、症状から私達がどのように考えるべきかをまとめます。 

1.手足のしびれ
2.目の動きの異常
3.血圧などの異常
4.筋肉の異常
5.治療

1.手足のしびれ(しびれが出たらどのように診断しているか)

「しびれ」からどのように糖尿病性神経障害を診断しているかを説明します。私たちがどのように診断しているかは、患者さんにとってはどうでもいいことじゃないかと思われるかもしれませんが、病気を理解するためと、誤診や無駄な検査から身を守るためには大事です。

 糖尿病患者さんの手足がしびれる、または痛いという症状を訴えられた時には、糖尿病性末梢神経の障害ではないかと考えます。この場合、末梢神経とは手足など脳から離れた部分の神経を意味します。この病気の患者さんはとてもたくさんいます。しかし、診断は簡単にはいきません。専門医と一般医の違いは、自信を持って間違っているか不安げに間違っているかの違いだけだったりします。私たちは、まず症状の特徴を満たしているかをお聞きします。



以下のような別な病気でも、しびれや痛みが出ることがあります。それらの病気にはそれなりの特徴がありますので、区別する上で参考になります。

神経の圧迫による場合の症状の特徴
① 左右差や場所の偏りがある
② 動作や圧迫で変化する

  手のしびれは「手根管症候群」という病気から起こることがあります。この病気は手首の付近で神経に圧迫があるために起こる病気ですが、中指を中心に片手にしびれや痛みが出ることが特徴です。時には手首を越えて、腕のあたりまで重い感覚や痛みを感じることもあり、また左右同時に起こることもありえますから、症状だけで区別できないこともあります。握手をした状態から手首をねじるような動作をしたときに痛みが変化するようなら、何か圧迫が関係した症状かなと疑うことができます。


上 手根管の図 
  手根管という場所は、手首にあり
腱や神経が束になっています。

脊柱管狭窄症(せきちゅうかんきょうさくしょう)や脊椎の変形性関節症、頚椎後縦靭帯骨化症(こうじゅうじんたいこっかしょう)という病気もよくある病気です。主に首や腰のあたりで背骨や靭帯、椎間板が神経のどこかを圧迫してしまう病気です。通常はシビレ感や痛みが、左右どちらかに強く出ることが多いのですが、左右対称に出る場合もありますので、その時は診断が難しくなります。脊椎の椎間板ヘルニアの場合も同じです。これらも首や足腰を伸ばしたり傾けたりするテストがいくつか考案されていまして、それらで何か症状の変化があった場合は圧迫による症状を疑う根拠になります。前かがみになるだけで症状が軽くなる人もいます。手の指の親指側に偏って痺れが出ることもあります。首の骨の一部に圧迫がある場合がそうで、診断する上で参考になります。


   図は背骨を横から見たところです。脊髄は図に示す脊椎骨の隙間を通っています。骨、椎間板、靭帯のいずれかが変形すれば、脊髄や脊髄から枝分かれした神経を圧迫してしまいます。

血管の病気による痛みやシビレの特徴
   皮膚の色が悪くなることがある
   片方の足が冷たくなることがある
   動いた時に痛くなる

   血管が細くなって血液の流れが不足した時は、痛みを感じることがあります。軽い場合は、だるい感じやしびれると感じる場合もあります。糖尿病患者さんは、すでに動脈硬化があって血管が細くなっている可能性も高いので、このような病気にかかることも多くなります。ひどい場合は、足の色が悪くなり足が冷たくなって、左右の足の色や温度が違うことや、壊疽になってから診断される場合もあります。

  典型例は歩いた時に足が痛くなって、休めば症状が取れるという「間欠性はこう」という症状が出ます。また痛みは筋肉痛に近いらしく表面を触られても症状が変化しにくい傾向があるように思います。

脳卒中からのしびれの特徴
   他の症状をともなうことが多い
   急に起こることが多い
   片側に起こることが多い

   大きな脳卒中では通常なら半身に麻痺が出たり、意識がもうろうとしたりしますが、小さくて場所が限られている場合は感覚の異常だけが症状であることもあります。それでも特徴があって、朝起きたら急に症状が出ていたといったように急に起こる傾向があること、通常は両方の手足にいっぺんに症状が出ないこと、多少でも筋力の低下がしびれと同じ部分に出ることが多いこと、しゃべりにくい、飲みこみがしにくいなどの他の症状も伴うことがあるなどです。これらの特徴があれば糖尿病からの症状ではない可能性が高くなります。

検査
脳のCT、②脳のMRI、③脊椎のレントゲン、④脊髄のMRI、
⑤ 神経伝道速度、⑥ 振動覚、⑦ 血管エコー ⑧血液検査など

  脳卒中が疑われる時には速やかに脳の写真を撮るべきです。神経内科の専門医でも診察だけでは結構誤診しますから、いい医者よりいい機械を探したほうが早い場合もあります。糖尿病患者ではレントゲンによるCTよりも、最初からMRIを検査したほうが良く分る場合が多いと感じますが、検査代は安くはありません。

   首や腰で神経を圧迫している可能性が高ければ、レントゲンで骨の変形を確認すべきと思います。神経の診察で使うテストと所見があっていれば診断がつく確率が高くなります。MRI検査も重要です。特に骨に不自然な骨折や、破壊されたような所見があるときは癌が発生してたりすることもありますので、そのようなことがないことを確認したほうが無難です。

  神経の働きを検査する「神経伝道速度」という検査で、手首より先に限った異常が出てれば手根管症候群の可能性が高くなり、反対に四肢に左右差がなく異常が出ていれば糖尿病性末梢神経障害の可能性が高くなります。
   音叉(ピアノの調律などに使う、たたくと音がでて振動する器具)を使って、振動に対する感覚の具合を検査することも重要です。音叉の振動に対して非常に鈍くなっていれば末梢神経の障害があると考えられます。

   足の甲の部分で血管が走っている部分に手を当ててみて、良く脈が触れるようなら多くは血流が良好と考えていいと思います。分りにくい場合は足と手の血圧の差を比べてみるか、直接エコーで血管のつまり具合を検査することもできます。すでに糖尿病性神経障害がある方に血管の閉塞が起こることもよくあります。この場合は診察だけでどちらが症状の中心かを当てることは難しいので、エコーなどの検査が必要と思います。

   また検査ではありませんが、糖尿病と同じように全身の病気から起こるしびれでないことを確認しなければなりません。アルコールや薬の一部や、特定の金属の中毒でも同じような症状が出ます。これらを話の中で確認しています。貧血の有無も、全身的な病気を探るためにまず必要と思います。

. 目の動きの異常

 糖尿病性神経障害が目を動かす神経に起こることがよくあります。症状は、ものが重に見える、まぶたが落ちる、目の奥が少し痛むなどです。突然起こることが多いので、皆さん非常に心配されますが、自然に軽快していくことがほとんどです。ただし脳梗塞や動脈瘤などの病気でないことを確認することは大事です。特徴をまとめます。



図 目の動きは筋肉で調節している
     目は筋肉が引っ張ることで向きを変えています。目の筋肉に伸びる神経は細くて長いために、他の神経に先駆けて症状が出やすい印象があります。炎症や血流の不足、圧迫でよく麻痺し、ある方向に目が動かなくなってしまいます。



. 血圧などの異常(自律神経)

    血圧を調節する神経に異常が起こると、立ち上がったときに血圧を上げる反応が弱くなって、立ちくらみが強くなることがあります。極端な例では、まったく立てなくなる人もおられます。血圧の調節をしている神経は、自律神経といいます。様々な症状、異常がありますのでまとめます。ほとんど何でもありという感じです。

4.糖尿病性筋萎縮症

  稀な合併症ですが、炎症や血流不足を原因とする筋肉の障害がでることもあります。症状は1~2年で軽快しますが、車椅子生活がしばらく続くこともあります。ここでは特徴だけ説明します。



5.治療

 ここでは薬の名前を紹介します。薬は症状が出た時には頼りになりますが、副作用がまったくなく全員に確実に効くものはありません。「これを飲めば確実に一発で良くなりますよ。」と言われたら、多少うそが混じっていると思って良いでしょう。薬だけでよくなるはずはなく、根本的には糖尿病の治療を面倒がらずにやらなければなりません。でも、血糖もコントロールしたうえで薬を使えば、非常に効くことも確かにあります。
   それまで症状がなかった人が急に足の痛みで動けなくなる、目が二重に見えるなどの症状に驚き、悩まれますが、そのままずっと困ることはないといっていいと思います。後遺症が残ることもありますが、ほとんどは気にならない程度に収まります。様々な薬があります。

 ボルタレン    25~100ミリグラム
 ロキソニン    60~180ミリグラム
 モービック    10~15ミリグラム
 ボルタレン坐薬 12.5~50ミリグラム
  これらは痛み止めで、たくさんの種類があります。効果が早くて便利ですが、副作用として胃潰瘍などを起こすことがあるのが欠点です。飲み薬以外に坐薬(お尻から入れる薬)もあります。飲み薬に比べれば、胃への負担が軽く効果も確実ですが、痔が悪くなりやすい傾向はあります。

 テグレトール    200~600ミリグラム
 トリプタノール    10~30ミリグラム
 リボトリール    0.5~6ミリグラム
 メキシチール    100~300ミリグラム
  これらの薬は神経の働きを安定化させる作用があり、特にテグレトールは痛みには良く効きます。ただし、貧血や不整脈などの重い副作用もありえます。症状が不安感やいらいらを伴っている時や、足の置き場がないという症状の時は、トリプタノール、リボトリールも有効です。症状が軽い時は、メキシチールも効果があります。

 キネダック150ミリ
 メチコバール1.5ミリグラム
 プレタール200ミリグラム
 オパルモン30マイクログラム
  リプル5~10マイクログラム
  これらは神経細胞の中に異常な物質がたまるのを防ぐ作用や、神経への血液循環を助けることをねらった薬です。この他にもたくさんの薬があります。いずれも6~8割の患者さんに効果があります。しびれ等は数週間で軽くなることが多いように思います。尿の色が変化したりしますし、少し出血しやすい傾向があります。値段が非常に高いものがあることが欠点です。

   もし薬をもらわれたら、薬の目的、意味合いを調べて、副作用に用心しながら飲んで下さい。今は本屋さんで薬に関する本を読んだり、ネットを使って詳しく調べることができます。