耐震強度偽装の事件には驚きましたが、営業のためにモラルを失う事例は何の世界でも多いものです。
あらためて言うまでもなく、医療機関は患者さんにとって有益な医療を提供すべきです。ところが現実には「有益」の判断に認識のズレがあります。すぐ症状を止め、不安をぬぐうことのみ希望される患者さんも多く、中には有害無益な薬や検査でしか満足されない人もおられて、それを提供しないとクリニックの人気に関わりますので、どう対応するか私のモラルが問われることになります。
検査や治療など、医療行為の意味は専門家ですら誤解があるくらいですので、有益かどうかを一般の人が理解しにくくても当然です。私達が有害と思っていても、患者さんは非常に良く効くから良い薬と思っていたり、意味もないのに検査を受けている事例を見かけます。それにつけこむ医療機関もないとは言えません。
少し話がそれますが、私自身が恥ずべき行為をやったことが何度かあります。例えば患者さんが診療時間の終了間際に来られた場合に、何かの検査を依頼すると職員から嫌な顔をされますから、緊急でなさそうな場合は翌日に来てくださいなどと言ってしまいます。でも職員の顔色を優先するとは、モラルをどこかに押しやった行為だと言わざるをえません。もちろん緊急を要する場合は喧嘩してでも検査しますが、緊急でないとは言え馴れ合いを優先すれば、やがてエスカレートして大きくモラルに反する状況になっていくこともありえます。
いっぽうで、職員の都合などまったく無視して検査でも治療でもやってしまう先生は、往々にして治療内容が的外れの傾向も感じますので、そのような患者思いの先生にかかるほうが、結果的には危ないこともありえます。
結局は患者さんに不利益がないようにシステムを整え、モラルが問われる局面を少なくしておくことが大事なのだと思いますが、我々はどうもシステム作りが下手で、現実は個人の判断力にゆだねられる面が多いのでしょう。職員からの評判と医者の人格、能力は必ずしも一致しないようです。おそらく今回の偽装事件に関与した人たちも業界や職場では、仕事熱心のやリ手と言われていたのではないでしょうか。
ともかく、モラルが要求される場で私達がどのように対応すべきかについては、使い古された表現ですが、自分が患者の時にやって欲しい治療を勧めること、そして良く説明することだと思います。
診療所便り 平成18年6月