メトホルミンは癌を減らす薬?
メトホルミン
メトホルミンという薬剤があります。薬の製品名で言うと、メルビン、グリコラン、メデット、メトグルコなどが相当します。糖尿病患者に広く使われる薬ですが、効果は弱めで血糖値を下げすぎるほどの力はありません。
この薬を飲んでいる糖尿病患者さんは、飲んでいない患者さんと比べて癌による死亡率が低いのではないかという報告が出ました(Diabetes Care 33:322–326, 201)。
発癌とインスリン
結論はまだ出ていません。癌に対する効果を検討する目的で厳密に計画された研究ではないので、癌の診断方法や対象者の選び方の違いによる偏った結果なのかも知れません。
でも、血糖値が高いことが発癌性に関係することは以前からよく言われていますし、その原因として体内で過度にインスリンが使われることが挙げられています。メトホルミンはインスリンの効果を助ける薬ですので、不要なインスリン分泌を減らし、結果的に癌の発生を抑える可能性はあります。
暴飲暴食をされていた方が癌で早死にされるケースは少なくない気がします。粗食にとどめ、インスリンの必要量を減らせば癌の予防ができる、血糖値が高めの人がメトホルミンを飲めば寿命が延びるというのも、ありえない話ではありません。
癌の予防薬
癌を減らす薬は様々な候補があって、さかんに試験されています。食品やビタミン、医薬品を含め、様々な物について外国で大掛かりな検討が繰り返されています。
癌にも色々あります。特定の癌になら効果が証明されているものもありますが、テレビで紹介されるようなものの多くは、微妙な効果の可能性を誇張して紹介しているような印象を受けます。少なくとも全ての癌に劇的な効果を示す食品やミネラル、ビタミン、医薬品はないと考えて間違いないでしょう。
糖尿病予防効果
この薬は糖尿病を予防する効果があると思われます。海外で「糖尿病予防プログラム」という研究がされた時、生活習慣を厳密に改善すること、この薬を飲むことが糖尿病の発症を予防する効果を証明されました。
日本人でも同じ効果が得られるのかは解りませんが、インスリンの効果を助けるという作用から考えると、効果が期待できそうです。
経済的効果
メトホルミンは値段が安めの薬です。日本における薬の値段で医療費にどのような影響をもたらすかを調べた研究もあります(糖尿病53(7):469-475,2010)。
メトホルミンとピオグリタゾンという薬の効果、値段などを比べた統計です。今の時点では同等の血糖コントロール効果を出すために要する費用(値段)は圧倒的にメトホルミンのほうが安いという結論です。糖尿病の治療薬は長い年月飲む必要がありますので、値段が高い薬はよほどの有効性がないかぎり使いたくありません。自分が飲むと考えれば、当然そうです。
ところが、保険者側(政府や診療報酬支払い基金)は、メトホルミンの処方を厳しく制限します。値段の高い特定の薬に誘導しようとしているかのような妙な動きがあります。
メトホルミンの問題点
メトホルモンには欠点もあり、誰にでも使えるわけではありません。特に問題になるのが、高齢者や腎機能が悪化した方に使った時で、体の中に酸性の物質が溜まって「乳酸アシドーシス」という状態に陥る可能性があります。極めて稀な事態ですが、この状態では体の細胞の代謝機能が失われ、亡くなる可能性もあります。
それに、もともと胃腸に障害を起こしやすい薬ですので、便秘や下痢、食欲不振のために飲めない方もおられます。
また、糖尿病以外の方が健康保険を使って処方してもらうこともできません。保険診療には規則があって、糖尿病の予防効果は証明されていても病気になる前は使えないことになっています。例えばメタボリック症候群で将来高い確率で動脈硬化を起こすから、今のうちにメトホルミンを飲もうと考えても現時点では認められません。
乳酸アシドーシス
乳酸アシドーシスは非常に稀にしか発生しないので、発生率が正確に解らない状況です。血中の乳酸値を検査しようとしても医療保険の組合が検査を認めませんので、病院が診断すらできないというのもネックになっています。
そのためか、年齢や腎機能がどれくらいの人まで使ってよいか、明確な指標が解りません。 学会が指標を出すべきと思いますが、まだ明確な基準は出ていません。 とりあえずGFRという数字で「慢性腎臓病」と言われる状況になったら、メトホルミンの使用は控えるべきと個人的には考えていますが、必ずしもそう考えない先生もおられます。
腎機能には個人差があるので、年齢は参考程度の意味しかないはずですが、充分な根拠もなく処方を禁止させる動きもあります。
また、手術や極度の脱水、飢餓状態などは血液が酸性になりやすい状況ですからメトホルミンをいったん中止すべきですが、その注意が行き届いていないように思います。
レントゲン検査で使う造影剤とメトホルミンの併用が乳酸アシドーシスを引き起こすという情報が流れ、心筋梗塞の患者さんに有効な治療ができなかったといった事例も出て、しばらく救急現場が混乱した時期がありましたが、現在は指針を改定してあります。
対応がちぐはぐな印象を受ける薬です。
平成22年10月診療所便りより(2010.10.31)