かぜの注射ば、してはいよ
以前は風邪をひいてフラフラするような時は、よく注射をしてもらっていました。あの注射は解熱作用のある薬剤でしたが、数分で気分がスーッとして楽になるいい薬でした。処置室には薬をつめた注射器がたくさん置いてあり、患者さんが次々に注射してもらってました。しかし最近は病院に行ってもあまり注射してくれません。なぜでしょうか。
理由のひとつは注射で亡くなる人がいることが分かったからです。どの薬剤でもショックをきたす可能性がありますが、風邪の注射は使いすぎたため多くの方が亡くなりましたので、安易に使用しないように厚生省から注意されたのでした。製薬会社の利益が出にくくなって製造中止になった薬剤もあります。
理由のもうひとつは、そもそも解熱剤は風邪を治す薬ではないということです。風邪などの時に熱が出るのは、感染に対して体が反応して種々の物質を分泌するからですが、体温が高いとそれだけでウイルスを減らせます。熱がある間は苦しいのですが、その間に免疫のはたらきでウイルスを退治できれば病気は良くなります。
最近の統計では風邪でも肺炎でも解熱剤を使用しないほうが治癒が早いという報告もあるくらいです。熱で脳に障害が残ることはないのですが、解熱剤ではありえます。 したがって一般的には安易に熱を下げすぎない方が治りは良いと言えます。ただし、熱性けいれんを起こす子供や、全身の状況によっては解熱すべき場合もあります。これもほとんどは注射ではなく、坐薬を使うことが多いように思います。
今でも高熱の時に使える注射薬はありますが、当院では採用していません。いかに希望されても、患者さんの命を賭けてまで熱を下げてはいけないと思うからです。「この医者は風邪の注射もせんのか。」と、不満そうな顔を見ると人気取りのために注射したくなりますが、ここで述べたように風邪の注射は有効性がなく害があり、古い考え方に基づいた治療法だと思います。患者さんにとって良くないことはやってはならないと思います。
以前は看護師からよく解熱剤を要求されてました。
学会の報告では使うなと書いてあるのに、一般の
医者や看護婦はそんなことには関係なく、「熱が
高いのになぜ放置するのか、この医者は思いやり
がない。」と単純に考えてしまうので、私は散々な
評価を受けてました。
でも本当は、風邪の注射は体に良くあり
ません。せめて少量を使うか、点滴などでの
観察を優先した上で考えるくらい慎重にす
るのが本当の思いやりだと思います。
(補足 平成18年3月10日)
風邪症候群に対して解熱鎮痛剤を使用して有効な結果が得られるかを検討した研究がいくつかあります。
ライノウイルスというウイルスの感染に関しては、かえってウイルスを拡散させている可能性があるという報告があり、少なくとも積極的には使わないほうがいいと思われます。
新聞などでも報道されましたので御存知かもしれませんが、インフルエンザウイルスの感染の時には、ボルタレンという薬を使うことで脳症を誘発しやすいために、使用できる解熱剤はアセトアミノフェンなどに限定されますし、しかも朝昼晩使い続けることは勧められないことが常識になりつつあります。
一方で、風邪の時の症状を和らげて有効だったとする報告もありますし、実際自分で風邪薬を飲んで、一時的にせよ楽になることはよくありますから、全く解熱していけないことはないと思います。基本的には頓服(熱が非常に上がって苦しくて仕方ない時のみ使用)すべきで、朝昼夕食後といった決まった飲み方をしないなら、使っていいと考えます。
よく風邪の薬として様々な薬品を混ぜて袋に詰めてあるものをもらうことがありますが、解熱剤は混ぜないほうがいいと思います。昔は手伝いに行った医院で商品名ポンタール、カロナール、ブルフェンなどの解熱剤が最初から混ぜてあって困ることがよくありましたが、そんなことが許されるのは日本だけかもしれません。体温に応じて薬を調節することもできませんし、混ぜる過程で様々な薬品が混入しますから、原則として薬は混ぜてはいけないと思います。
ちなみに風邪の時に鼻水止めの抗ヒスタミン剤が有効か無効かについても、たくさんの研究をまとめて分析(メタ解析)してみると、はっきりしないそうです。同じく痰切れをよくする薬や、咳止めを飲むことで風邪の治りが良いかについても解析では必ずしも効果が証明されないようですので、「風邪なら当院の風邪の約束処方を1日3回飲んで下さい。」と言われた通りに飲むのは正しいやり方ではなく、症状に合わせて頓服するのが原則だと思います。ただし、抗生物質が必要になったら話は別です。副作用がない限り充分な量を指示通り飲まないと効果があるのかどうかも分らなくなります。
診療所便りより 平成17年1月