肝臓と糖尿病の関係     平成20年10月16日


この勉強会では肝臓の働きや、肝臓病が糖尿病に及ぼす影響を勉強します。食事療法と運動療法は、結局は肝臓と筋肉の働きを調節するのが目標です。


1・肝臓 

肝臓は、横文字ではLiver、Heparなどと書きます。焼き鳥屋のレバーやレバ刺しは動物の肝臓です。  

肝臓は、通常は右側のあばら骨の内側に位置しています。肝臓の上には脂肪や横隔膜がへばりついた形になっています。  


肝臓には普通の血管(肝動脈)からの血液と別に、門脈からも血液が届きます。この門脈を流れる血液は腸からの栄養分や、膵臓からのインスリンなどを含んでいます。栄養分とインスリンなどが肝臓に運ばれ、そこで代謝される仕組みになっています。

肝臓からは胆汁が出てきます。胆汁には胆汁酸という消化に役立つ液と、ビリルビンという黄色い色素が含まれています。ビリルビンは血液を作る蛋白からできる物質です。胆汁は胆嚢に溜まって、食事の時に胆管を通って12指腸内に排出されます。  


胆汁が流れる管は胆管と言います。胆管が石や炎症などで滞ると、胆汁の通過障害を起こして黄疸が出ます。黄疸が出なくても、血液検査の肝機能に異常が出ることがあります。 





2.肝臓の働き 

肝臓は代謝の中心となる大事な臓器です。肝臓の講義を聞いていると眠くなるほど複雑な働きをしています。ここでは主な働きに限って、概略を説明しますので、眠らないで学習しましょう。   


A.分解 
  
吸収した物を分解する力があります。物が毒物の場合は「解毒」、薬物の場合は「薬物代謝」、栄養分の場合は「・・代謝」などと言い方は変りますが、いずれも分解する作業です。   


B.合成
   
肝臓は、物を分解するいっぽうで、作り出す働きもしています。体を作る蛋白の多くには肝臓が関係しています。       


C.分泌、排泄
    
作った胆汁は、右図の矢印(↓)のように胆管という管を伝って集まり、胆嚢に溜められた後に、12指腸で食べ物と混ぜ合わされます。胆汁は、消化に役立つ作用と、毒物を排泄する作用と重なった役割を持っています。
           
まとめ方を変えると以下のような言い方もできます。         
1.解毒   
体に害のあるものを無力化する力があります。要らなくなったものは胆汁などと混ぜて排泄します。 


2.薬の処理
   
薬も分解します。一種の解毒作用です。いくら役に立つ薬でも、効き続けると害が出ます。例えば、血糖降下剤がいつまでも働き続けたら、低血糖になります。一定の速さで薬を分解して初めて薬として使えます。    


3.栄養分の処理
   
糖分を食べても、そのままでは役に立ちません。肝臓は、糖分を分解してエネルギーを作ります。蛋白質や脂肪も同様に処理(代謝)します。          


4.栄養の貯蔵タンク
   
グリコーゲンは糖分から合成され、糖分が不足した時に分解されます。これによって、糖の量が一定に保たれやすいという効果があります。同じく、脂肪や蛋白が調節されるように、肝臓の中で分解し合成して、それぞれ脂肪や筋肉の形で貯えます。飢餓状態に耐えるためにも貯蔵は必要です。     


5.蛋白合成
   
肝臓は、例えばアルブミンを作ります。アルブミンがないと、血液の濃さを保てません。顔の浮腫みから水分を取り出すのは血液に濃さがあるからです。濃いほうに水分が引っ張られる作用があります。薬やホルモンも、アルブミンが付いているから血液の中で安定して運ばれます。アルブミンがないと血管の壁にくっついてしまい、働かないでしょう。      


6.濃度調節
(分解、合成、貯蔵の働きを総合して)    
血液の濃さ、黄疸の程度、血糖値、アミノ酸、脂肪酸濃度の調節。        


もし肝機能が悪くなったら・・・             

@分解できない毒が体にたまって害が出ます。
A黄疸が出ることもあります。
Bアルブミン不足の害(浮腫み、腹水など)が出ます。
C血糖値の上下が激しくなります。

D薬の副作用が出やすくなります。
E肝臓の周りの血流が悪化することもあります(肝硬変の場合)。F免疫の働きも落ちます。
G意識を失うこともあります。   




3.代謝の概要 
糖と蛋白質と脂肪は、ある程度お互いに変換されます。したがって、「アタシ、油なんて食べないのに、どうして太るのかしら?」と、不思議に思うことはありません。余った栄養分は、グリコーゲンや脂肪(中性脂肪)の形で貯蔵されます。


同じように、痛風のもとになる尿酸や、コレステロールも体内で合成されます。その主な場所は肝臓です。




4.肝臓を中心に考える糖分の流れ 


 糖分の吸収(例外もあります)    
糖分はデンプン、ショ糖、乳糖、麦芽糖、果糖などを含みます。食べた物の中の糖分は、胃や腸を通るうちに消化液によって分解され、ブドウ糖になった場合は小腸から吸収されます。  


 糖分の輸送、取り込み    
吸収されたブドウ糖は、右図の矢印(↑)のように門脈を通って肝臓に入ります。肝臓を経て全身、特に脳、筋肉や脂肪細胞にも運ばれます。糖が取り込まれる時にインスリンが効果を発揮します。 


 糖代謝 
   
肝臓ではブドウ糖からエネルギーを取り出し、余った糖分は貯えます。貯える際にはグリコーゲンやリン酸塩の形を取ります。もしエネルギーや血糖が不足した場合には、これらを分解します。


 運動中     
運動を始めてしばらくすると、血液中のブドウ糖は枯渇し、遊離脂肪酸が筋肉などに運ばれてエネルギー源になります。グリコーゲンも肝臓や筋肉で分解されます。運動が終わるとエネルギー貯蔵が始まります。運動の効果は2日くらい残り、血糖値などにも影響があります。


 飢餓状態では    
人間の体は飢餓状態に耐えるようにグルコースを節約し、別なものをエネルギー源として利用する、あるいは別なものからグルコースを生み出す仕組みを持ちます。    


肝臓や筋肉に蓄積されたグリコーゲンを分解してグルコースリン酸にし、通常のブドウ糖と同じようエネルギーを取り出します。1日の絶食でグリコーゲンのほとんどは分解されるそうです。


アミノ酸などから新たにブドウ糖を合成し(糖新生)、糖分を必要とする脳などの臓器に提供します。

血液中の糖が極端に不足すると蛋白や脂肪も分解します。筋肉もアミノ酸に分解してエネルギーの材料として代謝されるので、筋肉が細ります。 

糖分が少し補充されると、この反応は止まります。したがって、飢餓状態の時の糖の補充(点滴など)は、筋肉が細るのを防止するのに有効です。            


脂肪を分解して脂肪酸にし、筋肉のエネルギー源にします。肝臓ではケトン体ができます。これは脳に運ばれると、エネルギー源として使われます。肝臓ではケトン体を処理できません。筋肉や腎臓で代謝され、尿にも排泄されます。      


 インスリン不足状態では    
インスリンが働かない時は糖を細胞に取り込む力が落ちますので、血糖値(グルコース)が上がります。通常の糖尿病では、時間が経てば糖が肝臓に取り込まれて血糖値も下がります。ただし、糖が高い間に合併症は進んでしまいます。  


インスリンがほとんど働かない状態では、右図のように血糖を細胞の中には取りこめないので、血糖はたくさんあるのに利用できない状態になります。  


この時は、かわりのエネルギー源として、脂肪を分解する反応が起こります。その際にケトン体が作られます。程度が激しいとケトン体は大量に発生しますが、肝臓では処理されません。腎臓や筋肉でこれを処理しきれないと、ケトン体がたまって血液のバランスがくずれ、糖尿病性昏睡に陥ります。          


 インスリンが過剰にある場合は 

インスリンは血液から細胞にどんどんブドウ糖を取り込みます。血糖値が下がりすぎて、低血糖を起こします。低血糖を感知して肝臓でグリコ−ゲンなどからブドウ糖を合成する反応が起こりますが、やや遅れますので、低血糖の発作の場合は速やかに糖分を補給しないといけません。  


ブドウ糖を栄養源にしている脳などが、糖分の不足によって活動できなくなります。筋肉のように他の栄養源や代謝の手段を持っている組織は大丈夫ですが、脳は影響を受けやすいようです。    筋肉にもグリコーゲンがありますが、ブドウ糖に変化させて血液中に出す能力はないので、低血糖に関しては肝臓が頼りです。グリコーゲンが少ない状態では、低血糖からの回復にも障害があります。 






5.肝機能検査 

肝臓の機能は血液検査ではなかなか解りません。本当の機能は総合的に判断しないといけません。   

GOT(AST)

肝臓に存在する酵素です。血液や筋肉にも含まれます。肝炎で肝細胞が壊れる時、筋肉を傷めた時、血液細胞が壊れた時には数字が上がります。

GPT(ALT)

肝臓に存在する酵素です。脂肪肝や慢性肝炎などの時には数字が上がります。でも、例えば肝硬変の時には通常上がりませんので、肝機能が悪くても正常値のことがあります。

ガンマGTP

肝臓や腎臓に存在する酵素です。アルコールを摂ると上がる傾向があります。胆汁の流れに滞りがある時も上がります。

ALP

肝臓に存在する酵素です。骨や胎盤にも存在します。胆汁の流れが滞ると高くなる傾向があります。

アルブミン

血液中の蛋白の半分くらいを占めています。血液の濃さを作り、ホルモンなどを運ぶ役割もできます。肝臓の蛋白合成能が落ちると、少なくなってきます。

コリンエステラーゼ

肝臓で合成される酵素です。肝機能が落ちた時は数字が下がる傾向があります。

ビリルビン

黄疸のもとになる物質です。血液を作るヘモグロビンから作られます。急激な肝炎や、胆道の閉塞によって上昇します。

血小板

主に肝炎が進んだ時(肝硬変)の指標になります。肝臓の血流が悪くなって、脾臓に血液が流れると血小板が減ります。

プロトロンビン時間

プロトロンビンは、肝臓で作られる蛋白です。血液を凝固させる因子の機能を判定できます。激しい肝炎が起こった時の指標になります。

画像診断

画像で肝機能は解りにくいのですが、脂肪肝の有無や、肝臓の腫瘍の検査、肝臓の大きさの判断には、エコー、CT、MRIなどの検査が便利です。




6.肝臓病あれこれ(代表的なもの) 

ウイルス性肝炎(C型、B型肝炎など)、自己免疫性肝炎(自然に発症する病気。自分の免疫反応で肝臓に炎症が起こる)、肝臓癌(肝細胞癌、転移性肝癌など)、肝血管腫(血管の塊のような腫瘍)、肝硬変、原発性硬化性胆管炎(胆管を中心として炎症が起こり、胆汁の流れなどに障害が起こる病気)、原発性胆汁性肝硬変(原因不明の炎症の一種)、アルコール性肝炎、薬剤性肝炎、脂肪肝、肝膿瘍、非アルコール性脂肪肝炎(NASH)など




7.肝硬変の病態 


極端に肝臓が悪くなった場合を考えると、肝機能の理解が深まります。
肝硬変の主な原因は、ウイルス性肝炎です。約6割はC型肝炎によります。でも、脂肪肝などからも肝硬変になることはあります。肝硬変では本来の肝細胞の代わりに繊維細胞で満たされて肝臓としての機能を失います。繊維が増えることによって肝臓の血流が悪化し、栄養素の取り込みが不足すると言われています。   


また、代謝機能が悪化し、栄養素の分解が遅れます(血糖値の下がりが遅くなる)。いっぽうで栄養の貯蔵機能も低下し、エネルギーを筋肉で作ろうとするため、筋肉が分解される機会が増えます。 




8.肝硬変の症状と病態 

倦怠感、黄疸    
倦怠感は解毒作用の低下や、蛋白合成能の低下、栄養貯蔵能の低下などが関係して起こると思われます。 黄疸は、血液の色素であるヘモグロビンから発生するビリルビンの処理ができないときに起こります。    


手掌紅斑(手のひらが不自然に赤くなる状態)クモ状血管腫(クモのような模様が皮膚に出る)
    
女性ホルモンの分解が遅くなると、皮膚の毛細血管に拡がるものが出てきます。これが原因と言われています。手が赤いから肝硬変とは限りません。   


腹水(お腹の中に水が溜まる)足の浮腫(むくみ)
   
主に血液中のアルブミンという蛋白が少なくなることから発生します。アルブミンは普通4mg/dlくらいありますが、3くらいになると血管から組織に水分が漏れ出て行きます。このため浮腫みやすくなります。    


食道静脈瘤

食道の血管がふくれるのは、肝臓に繊維化のために血の通りが悪くなって、門脈圧が上がり、圧の低い食道の静脈に血が流れるためです。圧の上昇は腹水にも関係しています。静脈瘤が破裂すると、大出血を起こして急死することがあります。   




10.アルコールと肝臓病 

アルコールによる肝臓病   
アルコールを連日飲むと、9割以上の人が脂肪肝になると言われています。脂肪肝は、余った栄養分が肝臓に溜まった状態です。さらに数割の人は、アルコール性肝炎の状態になります。そして数パーセントは肝硬変、さらに肝癌になります。発癌の理由のひとつとして、アルコールの代謝産物であるアセトアルデヒドの発癌作用があると言われています。   


アルコールの作用    
血糖値の調節は、アルコールの代謝と競合します。 アルコールは細胞の膜を通過する力が強く、吸収されやすい薬物ですので、肝臓でいっきに分解され、その際に大量に生じる物質を処理するために、他の代謝は後回しになると考えられています。    


アミノ酸から糖を作る反応(糖新生)などによって肝臓から一定の量に調節して出るはずのブドウ糖が、アルコールの分解が優先される間は出なくなり、低血糖になる傾向があります。  糖尿病の薬を使っている場合は、アルコールと薬の相互作用(併せ呑み)で激しい低血糖を起こすので危険です。  


アルコールの代謝は糖の分解経路(TCA回路)と競合します。そのため、仮に血糖が高くてエネルギー源はあるとしても、使えないような状態になります。 


また、アルコールの分解産物は脂肪酸を経て中性脂肪になりますので、結局は脂肪を作る反応が起こってしまいます。  つまりアルコールは、糖が血液中に出て行くのを抑える働きと、中性脂肪を作り脂肪を増やす作用があります。言いかえると、代謝をマヒさせる毒物です。ダイエットや糖尿病治療と逆の働きです。  


さらにアルコールは、直接肝細胞を破壊する作用も持つようです。アセトアルデヒドの毒か、細胞の代謝に負荷を与えるためかも知れません。       


アルコールと血糖値    
アルコールは血糖値を一過性に下げます。詳しくは解っていませんが、肝臓から糖が出るのを抑える作用のためと思われます。このため食前酒を飲むと食欲が出ます。でも糖の動きをマヒさせるだけで、糖分を分解して減らすのではないので、いわば見せかけの血糖降下作用だと言えます。    


アルコールは脂肪に変換されますので、代謝に負荷をかけ、長期的には血糖値を上げる作用があります。 




11.栄養過多と肝臓 

代謝の説明図でご覧になったように、余った栄養素は互いに変換されながら、脂肪やグリコーゲンの形で貯蔵されます。この反応は飢餓に耐えるために必要な能力ですが、飽食を続ける場合は大きな問題です。肝細胞の中に中性脂肪などの脂質が溜まりますと、脂肪肝になります。  


非アルコール性類脂肪肝炎(NASH)という病気もあります。肝臓に脂肪が多く溜まった状態の人の中に肝炎が発生して、肝硬変になる病気です。詳しくは解っていませんが、慢性的な栄養過多状態では、肝臓に炎症を起こして細胞が死滅する反応が起こりやすくなるようです。   


肥満状態が、肝細胞にどのような影響を与えているのか詳しいことは不明ですが、肥満でインスリンの効果が落ちることは確実です。脂肪細胞から、代謝のジャマをする物質(サイトカイン)が出ると言われています。  


また、脂肪が充分にある状態では糖を活発に分解する反応は必要なくなりますから、余った糖分が貯えられる傾向も予想されます。しかし糖尿病では、糖が活発に分解されることが必要です。そうしないと、糖が長く血液中に留まり高血糖になって合併症を起こします。さらに余計な代謝が起こって有害物質が生じることも、先程の図にありました。   


今回の話は、栄養教室の内容を理解する時の参考になります。食事療法や運動療法は、結局のところ、いかに肝臓の代謝を調節するか、筋肉の活動と連動させるかを目差しています。食事を適正にするとインスリンの効果が発揮され、筋肉にカロリーを使わせると糖代謝がスムーズになります。     


インスリン注射は、血糖を細胞に取り込ませて、糖代謝を補助するのが狙いです。活発に糖代謝を起こすためにインスリンを注射したり、運動療法をしているわけです。 インスリンが働かなければ、血糖値は上がり、蛋白や脂肪の代謝にも悪影響が予想されますし、血圧も上がる傾向があります。


運動療法は、糖を使って糖分の需要(必要性)を高めて、糖代謝の流れを早くする効果を狙っています。 
食事療法は、貯蔵される脂肪の量を減らすのが大きな目的です。活動に必要かつ充分なエネルギーを補い、余ったカロリーが溜まらないようにバランスよく栄養を備えることが基本です。