感染症と卒中    

脳卒中は、脳の血管の病気です。原因は主に動脈硬化ですが、感染症が関係することもあります。最近、ヘルペスと卒中の関係を調べた統計が発表されました。(Neurology 2014;82:1-7)。 この場合のヘルペスは、体や頭に出る帯状疱疹を差し、唇などに発生する単純ヘルペスのことではありません。論文によれば、若い時に帯状疱疹を発症した方は、その後卒中を発症しやすい傾向があるようです。また、齢をとってからの発症でも、その後半年くらい卒中が増える傾向を否定できないようです{ClinInfectDis.(20149doi:10.1093)}。  

ヘルペスはよくある病気で、当院にも年間数人は来院されます。ヘルペスは神経系の感染症による症状ですから、炎症が波及して血管を傷めそうだと、なんとなく理解はできます。ただ、神経の炎症がどのように血管の内部に波及するのか、細かい機序は知りません。 

血管の病気と感染症で昔から注意が必要と言われていたのは、‘敗血症’‘感染性心内膜炎’‘重症溶連菌感染症’などです。重症の感染症によって血管内膜が変性し、繊維成分や細菌塊によって血管が詰まったり心臓弁が変形したりするので、塞栓症(塊ができて抹消の血管を塞ぐ場合)や心不全、腎不全などの怖い合併症をいかに予防するかが大事です。
ヘルペスに関しては、私は今まで影響を知りませんでしたので、帯状疱疹の患者さんに卒中に対する注意を促すことはしておりませんでした。でも、今後は必要になりそうです。 

そもそも動脈硬化が原因と思っていた卒中の中に、意外に感染が絡んだ病態が多かった可能性はあります。感染があった場所には病原体を排除しようとする免疫反応が起こります。その反応が激しい場合は、組織に損傷を起こします。咽頭炎や肺炎などでは明らかに病原体の毒より、免疫反応の激しさのほうが病状を悪化させる場合がありますが、脳血管においても同じかも知れません。

プラーク病変と言われる血管の壁の盛り上がりは、変性したコレステロールを排除しようとする免疫が絡んで発生すると言われています。感染症でも似たような炎症巣を血管壁に作ります。炎症巣が崩壊して脳血栓症を起こすことも当然起こりえると思われます。長生きしたければ、著しい高血糖や高コレステロール状態を避けるべきでしょうが、病原体が入り込まないようにすることも大事かも知れません。例えば、歯周病を放置しないこと、そして帯状疱疹を予防することなどです。   

栄養状態が良くなって、日本人のコレステロールや血糖値の平均値は上がっていますが、一般に栄養状態は免疫力を上げますので、傾向として罹患する重症の細菌感染症は減っていると思います。幼少時に栄養状態が悪かったと思える老人は、血管の病気が多い印象を受けますが、血管に余計な病変を作らないまま成長できた世代が増えれば、今後は感染症絡みの卒中は減ってくるかもしれません(虫の良い予想かも知れませんが)。  

唇によくできるヘルペス(単純疱疹)で卒中が増えるかは分かりません。今回の論文でも検討されていないようです。あれも神経に沿った感染症の症状と言われていますので、唇だけではなく脳に何かの影響を及ぼしている可能性はあるかも知れません。また、ワクチンで帯状疱疹を減らすことはできますが、卒中を予防するためにワクチンを接種すべきなのかも不明です。今後はっきりしてくるでしょう。

もしワクチンに本当に卒中を減らす効果があるなら、年配者は必ず帯状疱疹ワクチンを接種すべしとなるかも知れません。さらに、帯状疱疹を発症した後の卒中を予防できる方法が分かれば、治療法も変わってくるでしょう。今の時点では、帯状疱疹が出現した時、残念ながら‘卒中の症状に注意する’くらいしかできないように思いますが、麻痺などに用心していれば対処は早くなると思います。
  


 
   診療所便り 平成26年5月分より・・・(2014.05.31up)