塵肺
同時テロで世界貿易センタービルが崩壊した際、消防士達は多量の粉塵を浴びました。彼らは肺機能に障害を残し、いまだに回復していないそうです(N Engl J Med 2010;362:1263-72)。
肺機能障害の原因は粉塵だと思われます。炭鉱やトンネル工事で塵肺(じんぱい)になるのと同じように、多量の粉塵を吸い込むと肺を傷めてしまうようです。粉塵に含まれる粒子の種類、大きさ、量、吸う期間の長さが病気を発生するか決めると思われます。埃は鼻や気管の壁に付着し、鼻水や痰によって排出されます。これをすり抜けた粒子に、どのように遭うかが運命を決めます。
通常の塵肺は職場環境によって発生し、長い年月をかけて病気が出来上がりますが、通常では考えられない量の粉塵の中を生き抜いた場合は、急速に病気が発生するのかも知れません。
診断
塵肺の診断は難しく、初期には胸部レントゲン写真も正常にしか見えません。風邪症状の患者さん全員に肺活量などの検査をするのは現実的ではありませんので、症状が進まない限りは風邪薬で様子を見ていただきますが、見逃していることになります。肺活量の検査も、もともとの機能が高い人の場合は意外に所見がはっきりしません。また喫煙をされている方では、塵肺とタバコの害を簡単に見分けることは難しいので、診断不能になることもあります。 治療も簡単ではありませんので、予防に努めるしかないと思います。
症状
塵肺の症状は初期には何もありません。炭鉱の労働者達も徐々にしか症状を感じなかったようです。自覚できるようになると痰、咳、呼吸苦などが出現しますが、風邪や肺炎と区別するのは簡単ではないでしょう。実際に感染症の合併も多いので、余計に解りにくいようです。
治療法
感染症を合併した場合は、感染症の治療が急がれます。 塵肺自体を改善する薬はほとんどないので、去痰剤で痰のキレを良くすることを期待し、気管支拡張剤などの喘息に準じた治療薬を使うことが多くなります。ただし正直なところ、特効薬と言えるほどの効果は期待できません。 血液中の酸素が不足した場合には、酸素を吸入してもらう治療が必要になります。根本的な治療法は、おそらく肺移植だと思いますが、もちろん簡単なことではありません。
経過
あまり良いとは言えません。感染を繰り返すと状況が悪化します。
アスベスト
以前、アスベストの害も騒がれました。それまでは私も怖さを知らず、吸い込まなければ大丈夫だろうと思って手で触っていました。アスベストは肺機能を障害するばかりでなく、「胸膜中皮腫」という病気まで合併することがある怖ろしい物ですが、最近まで鉄骨部分の腐食を防ぐ目的で、建築の際の義務として使われていたとは驚きです。
予防
職場健診のために、いくつかの事業所を見学しましたが、どこの職場でも管理者が見ていないところではマスクを外している方がおられました。清掃作業なども埃が舞いますが、あまりマスクをされていないようです。 粉塵の種類によってマスクが決まります。防塵用のマスクは特に息苦しいので、暑い日は耐え難いものがあるでしょうが、外していると齢をとってから苦しむ結果になるかもしれません。
ある人を見て、将来その方が塵肺になるかどうかを予見する自信は私にはありません。進展を抑える自信もありません。ほとんどの医者はそうだと思います。多少詳しくても、出来上がった病気の前でははっきり言って無力に近いと思います。職場と御本人の注意、工夫による予防が最も大事と思います。
平成22年8月31日 診療所便りより