インスリン注射    勉強会資料  平成19年6月14日
                            

インスリン注射の意義

インスリン注射をすれば糖尿病の治療が終わるわけではありません。しかし、糖尿病はインスリンの量もしくは作用の不足によって起こりますので、基本的にはインスリンの補充によってほとんどの病状が改善します。具体的な効能は、血糖値が改善する、合併症が減る、体力が回復することなどです。


インスリン注射の問題点
インスリン注射だけで治療が終わらないのが第一の問題点です。食事療法をしないでおくと、インスリンによって血糖値が改善するために、一気に栄養が身について肥満が進むことがあります。また、食事や仕事量の調節を誤ると低血糖を起す可能性があります。その他、消毒を怠ると感染を起こし、稀にはインスリンに対してアレルギーを起こす人もおられます。
インスリン注射は万能ではありません。


インスリン注射の手技

注射器によって若干の違いがありますが、共通することを説明します。

準備  
消毒、注射針、インスリン注射器が必須です。消毒薬については、最近は消毒用アルコールを浸した綿をパックに入れたものを病院から渡されると思います。もし綿が乾いてしまったなら、ホームセンターなどで市販されている消毒用アルコールなどの液を入れてもいいのですが、同じ容器を繰り返し使っていると不潔(中で細菌が繁殖することが分っています)になりますから、せいぜい1〜2回補充したら次のパックと交換したほうが良いと思います。   


注射針は工場で作られた製品ですから、当然ながら不良品が混ざっています。針が詰まっていて液が出ないことがあります。そのためにも注射の前には試し打ちをするように勧められています。また、針が最初から曲がっていることもあります。もし不良品があったら、迷わず別な針に交換して下さい。もし箱ごと全部不良品だった場合は、病院に持ってきて下さい。製品管理のためにメーカーに連絡しないといけません。針は箱単位でお渡しします。1箱に70本入っています。1日2回の注射の人は1月に1箱で足りますが、1日3回以上注射される方は1月に2箱必要になりますので注意して下さい。  


注射器の形が同じで内容が違うインスリンをもらっていることがあります。薬局も常に注意していますが、ミスはゼロにはなりません。注射する前に、必ず自分が使うインスリンと名前や色が同じかどうか確認してください。よく間違うのは、イノレットRとイノレット30R、ノボリンRとノボリン30Rです。2種類のインスリンを使う人の場合は、特に間違う可能性が高くなります。これを避けるために、病院によってはインスリン注射器の形の違うもの(ノボリンとイノレットなど)を使い分けることもあります。


インスリン注射液は、中途半端な量で終わることがありますが、その場合にもったいないからと別なボトルに移して使ったりはしないで下さい。不潔になるもとです。また、今の注射器はほとんどが使い捨てのプラスチック製品ですので、落とすと簡単に割れます。壊れにくいように管理して下さい。


緊急事態に備えるために、道具やインスリンは、常に半月から一分くらいは余分に持っておきましょう。阪神の震災の時に被災者の人達は非常に困ったそうです。


注射する場所 
注射するのは、図でお腹と太ももに四角で描いたような場所です。本当は皮膚のどこでも注射が可能だと思いますが、自分でお尻に注射するのは体が柔らかくないと難しいので、図のような場所になってしまいます。体操選手のように体が柔らかければ、お尻に注射したほうが痛みが少し軽くて良いかも知れません。

なるべく同じ場所を避けて、少しずつ位置をずらしながら注射したほうが良いと言われています。注射で皮膚の硬さや厚さが変化することがあるので、この影響をなるべく避けるためです。でも実際に注射されている人は、腕が固定しやすい箇所に偏っていらっしゃる人がどうしても多いようです。後々のことを考えると、なるべく場所をずらしておいたほうが良いと思います。 

インスリンの効果、吸収の速さは、注射する場所によって結構変化します。足に注射した場合は、動きのために血流が多くてインスリンが早く吸収されるためか、効果が早く出る傾向があるようです。体温が上がって、皮膚の血流が多い時と、冷えて血管が縮んだ時とでも当然ながらインスリンの吸収の速さは違います。したがって、今日は入浴後、明日はパンツ一枚で冷え切った後のように極端に皮膚の状態が違わないようにしたほうが、血糖値は安定します。

もし眼ではっきり血管が見えるようでしたら、できれば別の場所に注射したほうが良いと思います。昔は血液の逆流がないことを確認してから注射していたくらいです。直接血管の中にインスリンが入ると、血糖値の下がり方が早すぎるからです。しかし、血管の中に針先が正確に固定されることは非常に稀なので、あまり気にしなくても良いかも知れません。


注射針を入れる深さ
針先が皮膚の下、筋肉には届かない深さ(皮下組織)が目標です。筋肉の中にインスリンが入ると、少し効果が早くなる傾向がありますので、思わぬ時間に低血糖を起こすかもしれません。今の注射針は針の長さが短くなっているので、腹部に注射する時に皮下組織を越える心配はないと思いますが、太ももに注射するときにはやせた人の場合は筋肉に届くかもしれません。外人のように肩に注射する人の場合は、かなり注意した方がよいでしょう。


消毒の仕方
皮膚の菌を全て殺菌することはできません。消毒は病原体をふき取り、減らすことを目標にしています。なるべく念入りにこするべきですが、皮膚が赤くなるほどする必要はありません。消毒綿で軽く数回、注射部位をこすって下さい。


お腹に注射する場合は、あごで服が落ちないように固定するなどしないと、せっかく消毒した箇所にまた服が落ちてしまうかも知れません。また、汚れた手で触ってしまうと消毒の意味がありませんので、消毒は注射器などの準備が終わってからすべきです。慣れれば片手で試しうちをして、片手で消毒してそのまま注射できます。

注射の後も消毒しますが、これも軽く拭くくらいで結構です。注射部を揉む必要はありません。病院で注射の後に揉むのは、筋肉注射の抗生物質か解熱剤です。早く効くように揉んでいました。インスリンの場合は皮下注射ですから、揉んでも意味がないと思われます。


注射する時間
食事の前に使うインスリンは多くの場合、食事の30分前と考えていいと思います。時には30分ではよくない人もおられますので、主治医に時々確認するようにしてください。  


超速効性のインスリンは効果が早く出る関係で食事の直前ないし直後、また夜間のインスリンは食事と関係ないので寝る前に注射してもらうこともあります。2種類のインスリンを使う人の場合は、どちらを食前、どちらを寝る前に使うのかよく確認してください。間違えると低血糖を起こす可能性が高くなります。ほとんどの場合はインスリンの種類で注射する時間が決まりますが、時々主治医に確認してください。


食前に注射される人は、食事の時間が変動する場合は食事の時間に合わせて注射の時間も変えて下さい。「自分はいつも12時に注射する」などと、時刻で決めてはいけません。食事の時間が変った時にインスリンとタイミングが合わないので危険です。


インスリン注射時間の目安

製品名

種類

時間

ノボリンR、イノレットR

速攻型

食前30分

ヒューマカートR

ノボリン10〜50R

混合型

ヒューマリン3/7

ヒューマカート3/7

ノボラピッド30ミックス

食直前

ヒューマログミックス

ノボラピッド、ヒューマログ

超速効性

ノボリンN、イノレットN
ヒューマカートN

中間型

食前30分

または眠前

ランタス

持続型

眠前

注射液を混ぜるか?
インスリンの中には注射の前に混ぜないといけないものがあります。白く濁った製品は混ぜないと危険です。上の表で一番上の「速攻型」と、下のほうの「超速攻型」「持続型」は透明な液で、混ぜる必要がありませんが、「混合型」「中間型」は白い液になっていて、混ぜないといけません。


白い部分が結晶を作って固まったインスリンですので、上澄みだけを注射した時と、沈んだ白い粉の部分だけを注射した時とでは、血糖の下がり方が全然違います。 混ぜ方は、説明書にはペンを持って20回くらい上下せよと書いてありますが、縦に長時間置いていたインスリンは固まっていることもあるので、上下、横、小刻みに振る、回すなどの様々な動きをして、混和が十分にできたか眼で確認するべきだと思います。残量が12単位以下では混和が不充分になりやすいと言われています。



注射器の持ち方
現在の注射器はほとんどがペン型ですので、わしづかみでペンを持つべきです。昔の注射器のように指ではさむ持ち方では、握力が足りない人の場合に安定しないことがあります。


持ち方が安定しない人の場合は針先が微妙に動くために、皮下の血管を切りやすいようで、注射の痕の青あざ(皮下出血)が大きくなる傾向があるようです。 


腕の関節が固くなった人の場合は、試し射ちの時と注射の時とで持ちかえる必要がありますが、可能ならわしづかみのまま試しうちをして、そのまま腕の向きを変えて注射したほうが早く済むと思います。



注射針のつけ方
ペンニードルとマイクロファインプラスがよく使われている針です。構造はほとんど同じですが、針の長さや形が微妙に違います。


ランタスというインスリンを使う場合にはペンニードルは望ましくないと言われていますが、実際には余程なことをしない限り使えます。あえて冒険をする必要はありませんので、マイクロファインプラスという針を使ったほうが安心ではあります。 


注入器側の先を消毒綿で軽く拭いてから針を取り付けます。針の保護シールを外し、ネジのように廻しながら止まるところまで廻します。バカぢからで廻すと針が裂けてしまいますし、廻し方が足りないと液もれの原因にもなりますので注意してください。



目盛りの調節
注入器のダイアルがゼロになっている状態から調節を始めます。各々の注入器によって仕組みが少しずつ異なりますが、通常はダイアルのゼロの状態から自分が医者から指示された量(単位)に目盛りの数字を合わせます。


数字は1〜2単位きざみの印でペンに書かれていると思います。もし、間違って数字を大きくしすぎると、低血糖の原因になりますので、目盛りは何度も見て確認するようにしましょう。視力が落ちてきたら、イノレットのシリーズの注入器なら、指で探ることによって単位調節が可能です。もしくは、ご家族の方に単位の調節をお願いしても良いと思います。


インスリンの注射量は、血糖値に応じて医者から指示されます。「明日からは、朝○○単位注射してください。」という具合です。その数字にダイアルを合わせます。例えば11単位だと、11という目盛りの数字はありませんが、10単位と12単位の間に印がくるように調節します。この時、注入器のボタンを押しながら調節すると、インスリンが出てしまいますので、ダイアルだけで調節するようにしてください。



試し射ち
インスリンのボトルの中の気泡を出すためと、針などの故障でインスリンが出ないのではないかを確認するために、試し射ちをしてください。針がついた状態で、針のキャップを外し、針を上に向けてボタンを押します。


できれば図よりも針先がさらに真上に向くようにして、インスリンボトルの中の泡を押し出しながら試し射ちできればいいのですが、実際には泡が頑固に残ってしまうことがほとんどです。


現在は注射器はほとんどが使い捨てになっていますから、中の空砲が大きくなることはめったにありません。試し射ちは目盛り1〜2単位でやりますが、空砲が残っても液が出ることが確認できれば無視して良いと思います。大量の空気がボトルに残っていたら、おそらくビンが割れていることを意味しますので、無理に試さないで注射器を交換したほうが無難です。


試しうちは何度もする必要はありません。インスリンが混ざっているうち、消毒が効果のあるうちに、実際の注射をしてください。 



注射針の刺し方
慣れないうちは手が震えて、「刺そうか刺しまいか?」のようにためらってしまうようですが、ゆっくり針を入れても痛みが軽くなるわけではないので、勢いがつかない程度で一息に刺した方が良いと思います。今の針は細いので、刺した後にチカッとしたなと感じる程度で済むようになりました。 


針を刺す時の腕の固定は大事です。脇がしまっていたほうが針先がぶれないようです。場所が偏らないように注射の場所は微妙に変更していかなければなりません。手首のあたりを皮膚に押し当ててやったほうが注射器を固定しやすいように思います。ただし、消毒した部分に手首が触れないようにしないといけません。 


針先の向きが一直線に入って、そのまま一直線に抜けるようにしてください。針先が動くと血管などの組織を傷つける可能性が高くなります。多少の皮下出血は問題ありませんが、ないに越したことはありません。

インスリン液の入れ方(注入)
注入器のボタンは、目盛りのダイアルを廻すと飛び出る仕掛けになっています。このボタンを押すと、インスリンが注射されます。ボタンを押し切ると、ダイアルがゼロになりますが、指の力が足りないと途中で止まってしまいます。ペンをわしづかみして、親指を使ってしっかりボタンを押しましょう。どうしても力が足りない人は、消毒した場所が不潔にならないように注意しながら、両手で注入してもらうこともあります。  


注入できてもすぐに針を抜かないで、6秒以上はそのまま針を動かさないでおきましょう。皮下に注射されたインスリンには圧が加わっていますので、すぐ針を抜くと漏れ出てしまいます。10秒以上針を入れたままでも抜いたとたん漏れることはありますが、毎回でなければ気にしなくて良いと思います。 


注入が終わって針を抜いたら、まずダイアルがゼロにもどっているかを確認して下さい。ゼロでなければ、残りのインスリンを注射すべきですが、確実に最初のセットが正しかったかによって判断が難しくなることもありますので、分らない時には病院と相談してください。



針を抜いた後
 針を抜いたら、針を刺した付近を軽く消毒綿で拭きます。揉む必要はありません。稀にインスリンが皮下から漏れ出してしまいますが、圧の関係ですから少量なら無視していいと思います。 


キャップを付けて針を回して注射器から外しますが、その際に針がキャップを突き抜けることがありますので、まっすぐはめることと、最初から指に力を入れないで軽くはめながら、まっすぐ針がキャップに納まっているかに注意して下さい。最後に回しながら横にひねるような動きを加えないと抜きにくいかも知れません。針をつけたまま収納してしまう人が多いのですが、不潔になりやすいので毎回針を外すようにしてください。 


針はまとめて袋などに入れて他の人がふれない場所に保管して、病院に持ってきてください。一般のゴミと分けなければなりません。注射器のキャップをしめて光があたらないようにしたら、保管場所になおして下さい。



注射器の保管場所
注射器は開封後は冷蔵庫に入れないで下さい。湿気の関係で動きに異常が生じたり、カビ類が隙間に入ることがあるそうです。ただし、私は実際に見たことはありません。注射量が多い人の場合は注射器の交換が頻繁になるので、カビや湿気の問題より温度と安全管理を重視して、冷蔵庫のほうが良いかもしれません。


開封後のインスリンを室温にした方が良いというのは、ある研究者がインスリンの防腐剤の効果を調べて、室温のほうが良かったと報告したことから始まっていますが、どうせ開封前は冷蔵庫に入れてあることと、インスリンのボトルで実際に問題になるほど大量の病原体が繁殖するとは考えにくいこと、室温で良い管理場所があるか?などの問題から、管理を優先して、防腐剤の問題は無視して良いかも知れません。


冷凍庫は絶対にダメです。インスリンの効果が落ちてしまうと言われています。冷蔵庫に入れる場合は、冷気の噴き出す場所から離して下さい。凍ることがあるそうです。温度が非常に高くなる場所、例えば車の中、ストーブの近くなどはインスリンの効果を落とすと言われています。熱くなっても体温程度までの場所を考えてください。窓際に置くと、温度も上がるし日光によって直接インスリンが分解されるかも知れません。

使用前のまだ開封していないインスリンは、冷蔵庫に保管するのが良いと言われています。やはり温度や日光の管理がしやすいからです。繰り返しますが、冷凍庫ではありません。


針は不潔でない場所なら、どこでも結構です。消毒綿は乾燥しない場所を選んでください。



インスリン注射の物品の入手法と料金

品目、項目

受け取り

料金

インスリン注射液

飲み薬と同様に処方。

飲み薬と同様に医療保険の負担割合に応じて1〜3割を支払う。

注射針

外来で手渡しされることが多い。

箱数に関係なく、もらった月に料金を取られます。保険適応。

消毒綿

外来で手渡し。

料金は病院が負担。

血糖自己測定用のセンサー(チップ)

外来で手渡しされることが多い。1日1回測定する人は1箱(25枚)、1日2回測定する人は2箱(50枚)

注射をしている患者さんのみ保険適応。枚数には制限があります。

血糖自己測定用の針

外来で手渡し。

料金は病院が負担。

注射指導管理料

毎月1回請求されます。

注入器

使い捨てでない注入器は、定期的に交換。

病院の負担。

血糖測定器

薬局などで購入

保険が効きません。


インスリン注射と飲み薬との関係
以前はインスリン治療を始める時は、飲み薬を中止していました。しかし、最近は飲み薬を併用することが多くなっています。理由は、急激な治療内容の変更で代謝の状態が急激に変化すると、思わぬ事故がありうるからです。また、飲み薬によって注射の回数を減らし、注射量を少なく保つ意味もあります。



図の一部は、ノボノルディスクファーマ社製作の使用説明書より作成しております。