インクレチンと膵炎        

インクレチンというホルモンに作用する薬は、糖尿病治療薬の中で注目され、多数処方されています。商品名で言えばジャヌビア、エクア、トラゼンタ、注射薬のビクトーザなどが代表です。肥満を来たさないことがセールスポイントですが、急性膵炎を起こす危険性が懸念されています。統計が発表されました(BMJ2014;348:g2366)。 

その結論は、インクレチン作用薬が膵炎を起こす可能性はあるものの、危険度が非常に高いとは言えないということで、症状や検査所見に注意すれば処方できると考えて良い内容でした。 
注意しないといけないのは、例数が多いとは言えないとしても膵炎を発症する場合はあり、複数の施設から「膵炎の発生率は上がる」と結論した発表が出ていることです。 もし使っておられる方で、胃やみぞおち、背中の真ん中が痛い、下痢を伴うような場合は、ただの胃腸炎ではなく膵炎を起こされた可能性がありますから、必ず処方された病院と相談する必要があります。ただし、今回の発表に従うなら、そんなことは滅多に起こらないと考えて良さそうです。  

膵炎を起こす理由は確定していないようですが、薬を使った後で解剖した膵臓に変性所見が多いという疑惑めいた発表や、インクレチンが消化の際に膵臓を刺激して消化酵素の分泌を促す作用機序から、膵臓への刺激による害がないかの懸念は当然あるわけで、少なくとも過去に膵炎を起こされた既往がある方に、安易にインクレチン関連薬を使うのは問題です。

その他、癌の発症を微妙に上げる可能性を指摘する発表もあります。甲状腺癌や膵臓癌、消化器系の癌一般に疑いはあると言えますが、結論は出ていません。インクレチンに関係するペプチド類は、元々生理的状態では短時間で分解されています。作用時間を長くすると、解りにくい副作用が出てくるだろうと予測できますから、一定の注意は必要です。  

そもそもインクレチン関連薬は新しい薬である関係で値段が非常に高く設定され、個人の金銭的負担や健康保険財政を考えると、第一選択薬として推奨すべきものとは思えません。 優れた作用があることは間違いないものの、処方する医師は患者さんの金銭的な負担や害の危険度とのバランスを考慮すること、また懸念される害を患者さんに充分認知していただくことが必要と思います。 よく分かっていない懸念について充分に説明できる人がいるのか、疑問には思いますが・・・  

当院の処方によって膵炎を発症された方はおられません。現在、ジャヌビア、エクア、トラゼンタといった薬を処方していますが、血液中の膵臓由来の酵素(アミラーゼ)値が上昇したため中止した方は複数おられます。酵素の上昇だけで膵炎を意味するとは言えませんが、膵炎は重大な病気なので、症状が出てから対処するのでは遅く、値に変動がある場合は中止するのが原則ではないかと思います。また、膵酵素だけでは膵臓への負荷の評価は難しいので、なにか消化器症状があれば副作用を第一に考えるべきかもしれません。 

薬によって膵炎を予防できる可能性はあります。膵炎の予防薬はありますし、胃酸を抑える薬(H2ブロッカーやPPI)を併用すれば良いのかも知れませんが、そういった方法の有効性は証明されていないので、残念ながら現時点では中止せざるを得ないと判断しています。この判断が正しいかどうかは分かりません。学会からもっと注意を促すべきではないかと個人的には思いますが、あまり問題視されていないようです。 
いったん膵炎を起こされると、インスリンや消化酵素の分泌能が低下し、糖尿病の病状としては一段階進んだことになるはずです。糖尿病の治療によって病状が悪化するなど、あってはならないと思います。 実は、ほとんどの病院が膵炎を気にせず処方しています。膵酵素の変動を確認すべしといった注意が徹底していないからでしょう。飲まれている方は、念のため検査されたほうが良いと思います。



診療所便り 平成26年10月分より  (2014.10.31up)