肺炎
新型インフルエンザの流行の際には肺炎が多発しました。あらためて肺炎について簡単にまとめます。肺炎を詳しく解説すると膨大な情報量になりますので、医者の説明の理解のために必要と私が思う内容に絞って解説します。
インフルエンザによる肺炎
インフルエンザにともなう肺炎では、持病がない若い方でも重症化することがあったようです。幸いにして当院を受診されたインフルエンザの患者さんで入院された方は聞いていませんが、報道によれば海外では数百〜数千人単位で肺炎を起こしていたようです。
なぜ元気な方でも急に肺炎を起こすのか、理由ははっきりしていません。肺胞の表面の蛋白や、免疫機構に何かの違いがあるはずですが、はっきりした説明はされていないようです。侵入してくるウイルスの量や、本人の免疫状態、ウイルスが増えるスピード、起こる炎症の程度にも相当な個人差があると思います。激しい反応を起こされる場合は、急激に症状が進行する可能性もあり、それが誰に起こるか解らないのが怖いところです。
症状
肺炎はありふれた病気です。原因も病態も様々ですが、程度が軽いものも含めれば、風邪症状の方の数割は肺炎を起こしていると思われます。特に介護を受けるような方達は、発熱された場合の多くは肺炎です。純粋な風邪のほうが少ないほどかも知れません。風邪と肺炎の症状を完全に区別するのは簡単ではないと、個人的には思います。
症状がないこともあり、本人は元気そのもので検査して初めて発見することも珍しくありません。代表的な症状、例えば胸が痛い、息が苦しい、倦怠感が続く、食欲が全くないといった場合には状況によっては咳がなくても肺炎を疑って検査を申し出たほうが良いかもしれません。
診断
肺炎は多い病気ですが、ある程度の診断ミスは避けられないものがあります。正直なところ、私もミスをしたことが複数回あります。自覚症状がない人もいますので、自分で気がつくのにも限界があり、咳が出ない人も意外に多く、熱の有無も参考にならないことがあります。
発熱された方全員に詳しい検査をすると、X線被爆や医療費負担の問題がありますので、ある程度は推定で診断せざるをえないと個人的に考えます。しかし、推定は同時に誤診の可能性を意味します。
胸のレントゲンで写らない場合は相当あります。このページに肺炎のレントゲン写真を添付していないのは、そのためです。つまり「肺炎の例。このような影がありました。」とビジュアルに訴えて提示すると、「影がないから肺炎ではないのでは?」というイメージにつながるからです。医学生もよく陥るピット・フォールですが、所見が陰性であっても疾患を否定できません。肺炎はその最たるものです。
病院ではCT検査をしますが、高齢者の背中側にはかなりの確率で肺炎の名残を見つけます。風邪と思っていて実は肺炎だった、食欲が出ないと思ったら肺炎だったなどは、日常よく経験することです。
でも風邪症状の人すべてにCT検査が必要とは思えません。ある程度の診断の遅れはありえますが、状態が悪化する可能性を考慮しながら個別の方法で診断すべきと考えます。
血液検査も参考になります。白血球数やCRP、プロカルシトニンなどの炎症マーカーや、病原体の抗原抗体の検査で変動があれば、かなりの確率で診断できます。尿に病原体の一部が出ることもあり、痰ではなく尿検査で病原体が判明することも多くなりました。
癌かどうか、結核かどうかなどの確認のために、気管支内視鏡が必要になる場合もあります。
原因
肺炎の原因はたくさんあります。普通ただ肺炎と言われたら細菌が感染したことを意味しますが、感染が原因でないタイプの肺炎もあります。
ウイルスでも酸でも、直接気管や肺組織を痛めるものがあれば続いて肺炎になるはずですし、ご自分の免疫が暴走して自然に起こる炎症が原因の肺炎もあります。副鼻腔炎や後部咽頭に慢性の感染がある人、慢性的な気管支の病気を持つ人は感染を繰り返す傾向を感じます。ただし必ずではありません。
多いのはインフルエンザのようなウイルス(ビールス)にまず感染し、それによって気管支や肺の組織が壊され、そこに細菌が侵入してしまうパターンだと思いますが、何が最初の誘因だったか解らない例も少なくありません。嘔吐や誤飲が原因の肺炎も非常にたくさん発生します。私も時々つばを吸い込んでむせてしまうことがありますが、高齢者の場合は反射機能が落ちるらしく、そのまま気道につばや食べ物が入ってしまう方も多く、予防が難しいことになります。
口の中を清潔にする口腔ケア、または高血圧の薬の一種で喉を敏感にすることにより多少の予防が可能ですが、一般に物の飲み込みの機能が落ちた方は肺炎を覚悟しないといけないようです。
原因となる病原菌によって、経過がかなり違ってきます。有名な肺炎球菌は激しい炎症を起こす菌の代表ですが、他にも怖い菌はたくさんあります。
経過
肺炎の経過は病状によって非常に異なります。短時間で呼吸不全のために亡くなる場合もあります。レントゲンでやっと写るくらいの小さな肺炎が、半日で急激に拡がって呼吸が止まるといった経験も何度かしました。安易な予想は禁物です。
肺は酸素を取り込み、炭酸ガスを排出する機能がありますが、広範囲の肺炎の場合はこのガス交換の能力が失われ、低酸素状態、または二酸化炭素が溜まった状態になり、生命を維持していけなくなって人工呼吸器や人工肺という機械が必要になる場合もあります。機械で肺の機能の代わりをしてもらううちに肺の炎症が収まれば、復帰できるという仕組みです。
原則はいくつかあります。酸素などのガス交換を確保する、循環や代謝への悪影響を阻止する、原因を排除する、炎症を抑えることなどです。
入院中に発生するか、御自宅で発症するかによって多少の病原菌の違いがありますので、治療の指針が出されています。我々は、これを参考にしながら抗生物質を選んでおりますが、地域や病院によって菌の特異性がある場合は参考になりません。
抗生物質が有効かどうかの予想は可能ですが、培養検査で「抗生物質に対する菌の感受性」を調べると、本当に効きそうか確認できます。ただし痰の検査は小児や高齢者では難しく、採取できない場合も結構あります。採取したつもりでも、なぜか実際の臨床効果が得られない場合もあります。
内臓の機能や免疫、栄養状態によって効果は左右されます。
@呼吸機能の補完がスムーズにいくこと
A痰などにより病原体が排出されること
B栄養状態、脱水の補正、循環状態の管理ができること
C抗生物質が適正に選択されること
D炎症物質(サイトカイン)のコントロールができること
などが大きな要因で、ひとつでも欠けると状態が悪化することがあります。
入院の必要性
医者から入院を勧められたら迷わず入院したほうが安全と思います。死にそうな人でも「先生は大げさな人だ。」と、よく入院を拒否されますが、なめてかかると危険です。
ただし、肺炎なら全員すぐ入院する必要があるとは限りません。抗生物質が不要のまま自然に治る場合もありますし、最近の飲み薬は点滴と同じように効きますので、呼吸状態が悪化しなければ外来で治療することも可能です。
一日一回の薬なら強めの薬と考えてよいと思いますが、これでも必ず有効とは言えません。薬の害が出る可能性、病巣に十分働かない場合もあります。いったんは外来での治療が可能と思われても、呼吸の状態が悪化する、食欲が落ちる場合などは油断できません。
多くの人は他の病気があっても、最終的には肺炎が死因になります。息が切れる場合は酸素が必要、食欲が落ちたら点滴が必要、改善傾向になければ観察するのは危険、そのような考え方は必要と思います。
予防
肺炎球菌ワクチンは肺炎球菌が原因の肺炎の予防効果があり、肺炎による入院を減らす効果が証明されています。大人用しかありませんでしたが、子供用のワクチンも接種が可能になりました。
ただし予防的な手段ですから、効果を実感したことはありません。おそらく接種された方もほとんどはそうでしょう。統計的に肺炎が減るらしい、入院が減るらしいと言えるだけです。肺炎球菌ワクチンを接種していても、他の菌の感染には無効と思われます。
慢性の気管支病変をお持ちの方には、去痰剤やマクロライド系と言われる薬がかなり有効です。完全に予防できるとは言えませんが、入院の回数を減らす効果を実感できます。
誤嚥性肺炎の予防には口の中の清掃(歯磨きなど)が有効と言われています。そして、そもそものウイルス感染を防ぐために、手洗いやマスクの着用を励行することも意味があると思われます。
栄養状態、体温の管理(衣服の調節)、睡眠の管理などの一般的体調維持も大事です。
診療所便りより 平成23年5月25日