塩分制限の経済効果
食事中の塩分が増えると高血圧や、それによる脳卒中、心筋梗塞、腎臓病などが増えます。
そこで塩分を制限した時に、どれくらい病気が減って、どれくらいの医療費節約効果があるのかを研究した論文が発表されました(N Engl J Med 2010;362:590-9)。全米で1日3グラムの塩分制限に成功した場合、医療費を最大で240億ドル、日本円で二兆円くらい節約できると予測されています。ただし、これは予測であり、実効性は不明です。
日本の場合
日本で同じような研究をしたら、どのような結果が出るでしょうか。そもそも日本では経済効果に言及する論文は少ないので、検討すらできません。患者の金銭的負担に言及しただけで「学問に金銭問題を持ち込むな。」と、指導医から怒られたこともあります。
今までも保健所の活動などを通じて、既に塩分の摂り過ぎを控えるように聞かされることが多かったはずですから、これ以上の制限は難しいかもしれません。でも診察の際にお聞きするかぎり、実際には摂り過ぎている方がほとんどのようです。最近でも日本人のほとんどは1日に10−11グラムくらいの塩分を摂っているという統計が出ています。血圧が高い人の場合は半分くらいに減らさないと経過が良くないと思われます。
塩分と薬の量
塩分を制限できないと血圧のコントロールは難しくなります。詳しい理由は知りませんが、高齢者では塩分が増えた場合の反応が強く、血圧が急に上がることを実感します。塩分の処理能力は様々なホルモンや、細胞膜にあるチャンネルという構造体で調節されていますが、これらの機能が若い人に比べて落ちてしまうようです。
治療の効果が認められない場合には薬を強めざるをえません。仕方なく薬を増やす時に、私としては副作用の可能性が高まり薬代も高くなるのが気になりますが、患者さん側としては食生活を変えることのほうが嫌で、習慣を変えることに納得されないことが多いようです。
「薬を増やすのも嫌ですが、そんなに塩分を制限するなんて普通じゃないよ。」と、露骨に嫌な顔をされることもあります。
外食を減らす
せっかく生きているんだから、美味しいものを食べないと・・・と、テイクアウトできる簡単な食事(フライドチキンやハンバーガーなど)をすると、その後非常に喉が渇いて困ることがあります。たぶん、甘みと塩分で濃厚な味付けをしているのではないかと想像します。おそらく、そうでないと美味しく感じないからでしょう。金を払って味気のない食事をするのは馬鹿らしい気もしますので、外食を減らすことが原則でしょう。
食卓の工夫を
味を薄くすると家族から不満が出ることが多いようです。また、食材に保存のための塩分が多量に含まれていますので、制限するのはかなり難しいことですが、せめて食卓に塩の小瓶を置かない、漬物を処分するなどの工夫を皆がされると、やがては塩分を制限することもできるかもしれません。
目の前に食塩があると私もついついふりかけてみようかな?と考えてしまいます。かけると味が引き立って美味しく感じられるのは確かです。でも食塩を置かなくなってしばらくすると慣れるようで、今では食卓に塩も醤油もなくても私は別に不満に感じません。わざと使いにくくするため、小瓶に分けないことも有効な方法のひとつです。
医療費を減らせるか?
確実な統計があるとは言えませんが、塩分を制限できると血圧は下がりますし、腎臓への負担が減る関係で、腎不全の患者さんも減らすことができるだろうと思います。
腎不全で血液透析を受けておられる患者さんは多いのですが、透析に要する医療費は桁違いの金額です。血圧が高いことによって脳卒中や心臓病で治療を要する場合も、そのための医療費がかさみます。
塩分を制限できれば、やがては病院への支払い、保険料なども安くなるかもしれません。
制限の際の注意点
塩分制限で注意が必要なのは、人によっては制限できない方がおられることです。
激しい労働をされて多量の汗をかく方は脱水、塩分不足になります。また、食欲不足の方も同時に塩分不足になっている場合があります。塩分への感受性には非常に個人差があるので、凄く制限しないといけない人が多いのに、逆に食事に塩を振り掛けないといけない人もおられます。
高齢者の場合、その差の確認は症状だけでは解りにくく、血液や尿などの検査を要します。普通の食事をされている若い方で腎臓の機能に問題がない場合は、一般に制限できるだけ制限されてよいと思いますが、稀には調節が必要な方もおられるはずです。
また、実際に塩分を制限せよと言っても感覚には個人差がありますので、本人は制限したつもりで実効性に乏しくなる傾向があります。減塩の教室などで自分の感覚を磨いてみるのもお勧めです。
制限制限と頭から説教されるのも嫌です。逆に野菜の量を増やしてみるのも一つの方法だと言われています。野菜に塩を振り掛ける人は少ないので、自然と薄味になると思いますし、野菜のミネラルが降圧の作用も持ちますので、一石二鳥かもしれません。
ただし、野菜に醤油をたっぷりかけたら何にもなりません。
診療所便りより 平成22年4月30日 橋本泰嘉