副びくう炎と耐性菌の問題 

副鼻腔炎への抗生物質の使い方について述べます。 

副鼻腔は鼻の周りの空間です。私は鼻炎持ちで副鼻腔炎をよく起こします。以前はいろんな病院に通っていましたが、通院していると病気をもらいますし慢性化するので、今は自分で治療しています。 

副鼻腔は外気と接触しますから、もともと菌がいます。何かの理由で菌や粘膜の状態が変れば簡単に感染を起こします。起炎菌は様々です。真菌(カビ)も多く、結核菌の仲間が出ることもあります。

風邪をこじらせてアオバナが出る時は、急性の副鼻腔炎を起こしたと考えて良いと思いますが、かなりの人は自然に元の状態になりますので治療の必要はありません。ですが、眼や脳に影響が出る場合は急がないといけません。

副鼻腔炎の治療には様々な問題がありますが、ここで挙げてみます。
 明確な治療指針がないこと。
 抗生物質への耐性化
 抗生物質を希望する患者さんが多いこと。
 悪貨が良貨を駆逐しやすい領域であること
 基本的には自然に治る疾患であること
 菌が残ること
 症状が不明瞭なこと
 稀に脳や目に炎症が波及すること  

 第一は、明確な治療指針がないこと。 

治療指針を作りにくい疾患だと思います。外界に触れる場所なので起炎菌の種類が多く、しかも耐性菌が増えているので、特定の抗生剤を標準にしてしまうと耐性菌が蔓延します。 解熱鎮痛剤、去痰剤、炎症を和らげる薬に効果があるという根拠もはっきりしません。

抗生物質への耐性化

考えなしに抗生物質を使うと菌の抵抗力が強くなります。よく使われる薬剤には耐性化が進み、代表的な菌の耐性化率は6割くらいに上がっています。これでは、さすがに効くわけがありません。くすぶって慢性化します。

抗生物質を希望する患者さんが多いこと。

もし必要ないと言おうものなら別な病院に行ってしまいます。患者さんから希望があった場合は、私も断れません。熱が出れば必ず抗生剤が必要であるように勘違いする傾向があるためかもしれません。「薬を出さん医者は、つまらん。」1日でも早く治りたいから抗生剤を希望する」「治したいのは、とにかく鼻詰まりだ。抗生剤なら一発で治療できるはず。」という単純な考え方は、副鼻腔炎には通用しません。

悪貨が良貨を駆逐しやすい領域であること

強い薬のほうが鮮やかな治療に見えますから、強い薬を使えば腕が良いかのように評価されます。手っ取り早い効果を期待する患者さんが多いため、その傾向を否定できないように感じます。 

基本的には自然に治る疾患であること

急性の副鼻腔炎の場合、実は薬には反応していなくて自然の経過で良くなるほうが多いかも知れません。まじめに治療しようという意欲が、病院側にも希薄になりがちです。  

菌が残ること

副鼻腔炎は基本的には自然に治癒しますが、起炎菌は数ヶ月残存するという報告があります。しっかり耐性化した菌は、家族や友人の肺炎の原因になります。副鼻腔炎ではめったに人は死にませんが、肺炎は命に関わります。よくなった人の代わりに、誰か身近な人が亡くなってしまうかもしれません。 

症状が不明瞭なこと

頭部CT検査を冬場に検査すると数割の患者さんに副鼻腔炎を認めます。でも、本人は何も感じていません。したがって、治ったと本人が思っていても実は症状がないだけで、菌は残って耐性菌を広めている可能性があります。鼻水の処理や手洗いが適切なら問題ないのでしょうが、症状が治まった後も気にするでしょうか?  

稀に脳や目に炎症が波及すること

まったく持病のない人で副鼻腔炎のために急に顔が腫れたり、髄腔に連絡して髄膜炎を起す例がありますが、それは事前にレントゲンやMRIなどを検査しても分りません。どのような場合に炎症が周囲に及ぶのか予測は困難で、炎症が波及して初めて分るのが現状です。そして発生は稀です。しかも、抗生物質を処方していれば炎症をコントロールできるとは限りません。 

    

患者さんの意識が診療スタイルを変えるのでは?  

インフルエンザを例にとると、私は15年前には当時のアメリカのスタイルを取り入れてアセトアミノフェン中心の処方をしていましたが、注射や坐薬を使わないとダメだと随分批判されました。でも当時の私の処方が現在の標準的治療法です。 


尊敬していた名医のほとんどは今では通用しない治療をしていました。経験や実績だけでは正しい診療はできないという教訓にもなります。患者さんが勉強して処方の根拠を聞けるようになれば、病院の診療スタイルも変わると思います。  


私の考え方は一般の小児科、耳鼻科の先生とは違うかもしれませんが、最優先したいのは生命に関係する病気の治療成績、地域の感染症のコントロールです。副鼻腔炎に今のような治療をしていると、耐性菌の関係で肺炎の治療成績が落ち、どこかの体の弱った方を死に至らしめると思います。自分や自分の子供さえ良くなれば、弱った子供が死んでも仕方ないという考え方は、私にはできません。今でも一般病院の治療のほとんどは間違っていると言えます。  


いっさい治療不要と言っているわけではありません。炎症の状況を把握できれば、緊急に治療せず観察できる場合が多いと思うのです。

 

鼻をすするべきか、かむべきか  

一般的な考え方ではありませんが、鼻をすするのを避けるように私は勧めています。鼻をすする場合と鼻をかむ場合とで炎症の経過に差があるという研究を読んだわけではないのですが、どう考えても鼻汁には病原体がいるはずですから、飲み込んだり鼻の奥に大量に止めたりしていては感染が慢性化するとしか思えません。


副鼻腔や咽頭の後壁に慢性の感染を起こすと、だるくなって不登校などを起こす子供もいますし、慢性的な感染があることで、おそらく血管の壁に小さな細菌の塊を作って動脈硬化を進める原因にもなることもあると推測されます。感染源は可能な限り体外に出すことが基本です。


面倒でも鼻をかんで、しかも取った鼻汁は袋に入れて、2次感染を防ぐために袋の封をすることが大事だと思います。  

マスクでコントロールできるか  

私は慢性、急性を問わず、副鼻腔炎の患者さんにはマスク着用を勧めています。


マスクで罹病期間を短縮できたという証拠はありませんが、薬を使いたくないので、せめて鼻腔の温度と湿度を保ち鼻汁が排出しやすい状況にしたいことと、鼻炎がらみで感染を起こしている患者さんが多いので、アレルゲンを少しでも吸い込まないようにしたいこと、さらに2次感染の防止の意味もあると考えています。耐えられるなら夜も着けた方がいいはずです。  


以前は私も吸入をよく受けていましたが、一日何回か受けないと効果を実感できませんでした。市販の吸入器を購入されて、ご自宅で吸入されると有効かも知れません。


診療所便り平成19年11月より