21年型インフルエンザへの対応の反省  


平成21年型(新型)インフルエンザへの対応を、私なりに検証してみます。
今回のウイルスには驚かされました。鳥型のウイルスだとばかり思っていましたら豚型のウイルスで、発生も東南アジアや中国ではなく北米で、全く想定外でした。予測していた人は少なかったのではないでしょうか。



発生早期 
メキシコでの流行は4月下旬(25日)には報道されました。情報から、下記のような印象を持ちました。

@比較的弱毒性ではないか 
A感染力は強めらしい
B一般診療所にも患者さんが来る可能性が高い(対応が必要)
C肺炎を起こす確率が高い
D人種による差は解らない  
E若い人に感染が多いらしい   
この時点では情報不足で明確な方針を立てられないと考えましたので、準備をしながら情報を待つことにしました。簡易検査キット、抗インフルエンザ薬を100人分ほど購入しました。流行が始まると入手困難になるからです。常備薬に関しては、タミフルの耐性化など種々の現象を考慮し、本年度はリレンザに絞り、タミフル希望者には院外処方で対応していただくことを決めました。


空港での検疫開始

当時の大臣が度々テレビに登場して対策が公表され、4月下旬には空港での検疫が開始されましたが、検疫に感染防止効果はないと予想しました。通常のインフルエンザと同じ程度の毒性なら症状が軽い人も多いはずなので、検疫で感染者を見分けることは困難なはずです。結果は予想通りでした。
検疫は無意味だと断じる人もいますが、いっきに流行が始まるのを抑える効果は少しあったかも知れません。新型インフルエンザへの対応は法によって規定されているはずなので、簡単に変えることはできません。大臣のパフォーマンスを笑う人もいましたが、要するに厚生省の担当官の進言や法律のレベルの問題でしょう。ウイルスの性質に応じて対応を変えるシステムがなかったようです。 
事実か解りませんが、担当官が進言した内容の記録が残っていないという報道がありました。本当なら今後のための検証のしようがありません。 


実際の症状が報告される    
5月9日には高校生の海外旅行者の感染が判明しました。5月15日、神戸市の開業医が国内での発生を始めて報告し、実際の臨床所見が報告され(5月19日)、同日〜翌日には情報を得ることができました。下記のように判断しました。

@人種や国による違いはなく、病原性も変化していない
A検査キットの陽性率は約半分に留まる
B肺炎を起こす可能性は予想通り
C若者に感染者が偏る傾向も変化なし
D感染力が低いとは言えない
E抗ウイルス薬は有効

毒性が強すぎれば、一般の診療所で対応すると他の患者さんにうつしてしまうので危険ですが、毒性が低ければ一般診療所が主な治療の場になります。当院でも診察は必要になると考えました。
どのような通達がなされるか解りませんでしたが、通常の診療と感染者の部屋を分けるために、机、椅子、血圧計などを新たに購入しました。
また検査キット陰性の事例が多いので、診断が不確実になることへの対応も必要と考えました。重傷度や検査の判定に関わらず感染防御が必要という認識を職員に告知し、患者さんの誘導、診療形態、清掃、汚染物廃棄のシミュレーションを始めました。 


6月21日には熊本県での感染者が報告され、7月初旬には県内でも学級閉鎖が始まり、その後の流行具合は激しいものでしたが、症状や重症度は予測どおりでしたので、職員の対応に関して特に混乱はありませんでした。 



受付、待合に関して  
当院は玄関の張り紙などで注意を促すことはしませんでした。理由は、軽症の方が多いので、発熱で感染の有無を判断できず、張り紙で二次感染は防げないと考えたからです。
何かの症状がある方は、重症度に関係なく感染者用診察室に移動していただき、そこで受付する方法を取りました。多くの方が電話してから受診してくださいました。院内に入ったら直ぐにマスクを着用していただきました。 ものものしいという印象で不快に思われた患者さんがおられたかもしれません。マスクを嫌がる方もおられました。  


診療内容に関して   
流行期には1日5−10人くらいの感染者が来院されました。抗ウイルス薬を希望される方が大半でした。
検査が陰性の方には基本的には使用をお勧めしませんでしたが、明らかな症状があった方には「印象としてインフルエンザと思う。」と伝え、希望者には処方しました。
検査キットや薬の在庫は必要充分に維持できました。軽症の方がほとんどでしたので、点滴を受ける患者さんは予想より少数で、点滴ベッドや毛布の多くは使わないままでした。
抗ウイルス薬のタミフルを希望された患者さんは院外処方で対応しましたが、少数でした。吸入薬のリレンザだけで対応できたと思います。耐性ウイルスがあったか、また院内で発生させたかなどに関しては解りませんでした。


解熱鎮痛剤の使用法、水分補給、肺炎や髄膜炎、脳炎の症状に注意することなどを説明しましたが、充分にご理解いただけたか解りません。繰り返し説明しても抗ウイルス薬を途中でやめる患者さんが多いので、今回も同様だったかも知れません。
抗ウイルス薬の使用割合は他の医療機関より少なめだと思いますが、例年よりは増えました。本当は不必要なケースが多かったのではないかと思いましたが、厚生省から処方を促す文書も来ていましたし、患者さんの希望に従いました。 


インフルエンザを疑って検査した人のうち、陽性を確認できた割合は約6割でした。例年は8割ほどなので、多少ウイルスの性格が違っていたためかもしれません。検査が陽性の割合は、他の医療機関より高めの傾向があったようですが、検体採取に念を入れたからではないかと思います。
感染の見逃しがどの程度あったかは解りませんが、皆無であったとは思えません。診察や検査での診断能力の改善のためには、検査キットの改善が一番効果的ではないかと考えました。検査キットの種類による性能の違いに関しては実感できませんでした。



二次感染予防について    
会社の健康診断、予防接種と実際の感染者の増加が10−11月に集中したため、診療待ち時間が最大で1時間程度に及びました。
駐車場や御自宅で待機していただくことで、当院での感染は防止できたと判断しておりますが、小児科のように多数の患者さんが来院されたら、おそらく駐車場が不足したはずです。その場合は、いったん帰宅していただくケースが増えたかもしれません。
診療の入り口、受付から処方までを全て一般の診療と分けるのが理想ですが、建て替えない限り不可能ですし、セキュリティの問題も出てきますので、事実上困難です。二次感染の予防については、一般の病院より多少気を使っているはずですが限界を感じました。
感染者と一般の方の部屋は換気方向が逆ですので、もしウイルスを含むミセルが発生しても、簡単に空気感染はしないはずだと考えました。診察毎に手、聴診器、机、椅子、ドアなどを清掃しましたが、消毒はしませんでした。
院内での二次感染が強く疑われるケースはありませんでした。



予防接種について    
ワクチンの予約受付を開始しましたが、一時は電話が殺到しました。ワクチンの入荷が極端に不足することが予想されたため、当院はあらかじめ患者さんに連絡して予約を募らず、ワクチンが確実に入荷してから予約するシステムとしましたが、そのため多くの申し込みをお断りしました。
この予約の仕方が正しかったかどうか解りません。ワクチンを断わられ方は不快感を抱かれたかもしれませんが、予約したのに入荷がないという事態は一種の詐欺行為で到底納得できるものではないと考え、当院は実施の確実性を優先しました。


ワクチンは開封後24時間以内に使用しないといけません。バイアルが10ccになった(普通は0.5〜1cc)ため、接種者を数十人集めないといけないので無理をお願いして集まってもらいましたが、当日は混雑しました。最終的にワクチンが余ってしまった病院が多かったのですが、当院は無駄にはしませんでした。   


ワクチンの生産、管理についての希望    
ワクチンをもっと早く流通させる方法を考えて欲しかったと思います。ワクチンは早期に充分接種しないと感染防止の意義を果たせません。今回のワクチン製造が本当に間に合わなかったのか、もしくは手続きに手間取って流通させることができなかっただけか解りません。ワクチンの生産ラインに余裕はないと報道されていましたが、それを許して良いのかと考えます。一気に増産できるだけの準備体制がなければ、生産をする資格がありません。


接種時期を細かく分け、持病がある方を優先したために小中学生が後回しになりましたが、これは今回のような性格のウイルスについては不適切だったかもしれません。流行は学校単位ですので、パンデミーを遅らせる目的では学童児童に接種したほうが理にかなっています。統計的に色々な検討がされていますが、感染の急拡大を遅らせる現実的な目的と、持病のある人を感染から守るという理想とが混同されたような気がします。毒性の強さと感染力によって臨機応変に対応すべきではないでしょうか。  


ワクチンの接種料金が全国一律3600円というのは個人的には不当に高いような気がしましたが、どのような根拠で規定されたのか解りません。また10ccバイアル(20人―50人分)は現場に即していないと思いますが、どのような理由で誰の責任で作られたのかも解りません。接種手続きの管理の仕方が複雑で、省略できる手順もあったはずだと思います。でも、法律の規定に縛られて難しいのかもしれません。発生前の危機管理体制、法律や規定には改善すべき点が多々感じられました。 


今後の対応 
今後も流行が繰り返されるはずですが、児童学童が一通り感染したので新たなウイルスが発生しないかぎりは小規模になると予想します。毒性が強くなる第二波が心配ですが、当院は現在の体制で院内での二次感染はかなり防げるはずですので、よほど強毒性でないかぎり診療に支障はないと思います。
新たな強毒型のウイルスが発生したら、また対応を変える必要が生じるかもしれません。おそらく院内での診療は二次感染の面で危険になりますから、往診中心になるのではないでしょうか?





インフルエンザへの一般的注意


インフルエンザはインフルエンザウイルスによって起こる感染症で、初冬から春先にかけて毎年のように流行し、肺炎、脳症、心筋炎などの合併症をきたして命にかかわることがあります。 感染者と接すると一定の確率で感染し、肺炎などの合併症も発生します。完全に予防する手段は事実上ありません。ウイルスの表面構造は微妙に変異しますので、人の免疫をすり抜けて感染します。


ワクチンを接種すると、インフルエンザウイルスに対する抵抗力がつき、感染しても軽症ですむ可能性が高まります。でも、そんな人も感染源にはなりますので、ワクチンによって集団感染率を劇的に減らす効果は期待できないかもしれません。
重症化を減らす効果は一般に認められていると思います。しかし、接種しても抗体を作れない子供は多いので、接種後も重症化する人はいます。


前橋市医師会の報告によれば、ワクチンを学校単位で接種しても感染率を減らせないという結論でしたが、これは検討の方法に問題があります。ウイルスの遺伝子まで確認した近年の海外の報告を見る限り、重症化率、感染率を減らす効果はあると考えるのが一般的です。特に新型インフルエンザの場合はパンデミーに陥ると医療体制が麻痺しますので、爆発的な流行を少しでも引き伸ばすことに意味があります。


予防接種をすると風邪をひきにくくなると思っておられる方が多いようですが、風邪のウイルスとインフルエンザウイルスは別ですので、ワクチンで普通の風邪を予防することは難しいと思います。ですから、予防接種をした人も手洗い、うがいなどの風邪の予防策を忘れてはいけません。


マスクは何かの症状のある方が装着すると、他の方への感染を減らす効果があると思います。直接感染者の咳を浴びる危険性も減らすことができるはずです。統計的にも多少の感染予防効果が証明されているようです。高級な外科用マスクが必須であるという報告はないようです。


手洗いは非常に大事だと思います。タオルを感染者と家族で共用しないことも必要ではないでしょうか。


発症した時は、重症化しないために以下のような工夫が必要です。
 安静を保ち、体の抵抗力を維持する。
 水分を十分に取り、脱水を予防する。
 肺炎などの合併症が疑われる時は、早めに検査をする。
 抗ウイルス薬の使用を考える。



抗ウイルス薬は、ウイルスが体の中で増えるのを抑える薬です。使うと治りが早くなることや、感染を予防することが可能です。発症してすぐ、特にA型インフルエンザなら効果が期待できます。主な副作用は胃腸の障害です。まれに精神症状を起こして異常行動を増やす可能性も否定はされていません。
持病がなく比較的状態が良い人なら、積極的に使うべき薬ではないように考えますが、ご本人やご家族と相談して処方するか決めています。



診療所便りより    インフルエンザ 平成22年2月28日