コレステロールと癌の関係
(癌患者のコレステロール値)
癌患者のコレステロール値は低くなる傾向があります。主な理由は、癌によって人体の栄養状態が悪くなるためと思います。
癌細胞をいくつか培養したことがありますが、非常に元気が良く、培養液の栄養分をすぐ使い果たしてしまうためか、世話が大変でした。詳しく調べた研究を読んだことはありませんが、癌細胞はブドウ糖などを取り込む力が強いらしく、正常な組織が一種の飢餓状態、栄養不足に陥るようです。
そんな時には、血糖値などを維持しようとする反応(糖新生)が起こります。結果として、コレステロールを合成する代謝より、糖を作る代謝が優先されるため、コレステロールは下がるらしいと思われます。食欲が落ちた場合は、特にその傾向が強まるはずです。
(シンバスタチンとエゼチミブ)
ただし、コレステロールが低いために癌になるという逆の推測も可能です。
今まで数万人規模の試験の結果、コレステロールを下げて癌が増えることはなく、すべての試験で治療により病気が減って寿命が延びるという結果でした。ところが今年9月に、ひとつだけの試験ですが、癌の発生率が微妙に増えた例が報告されました。具体的にはシンバスタチンとエゼチミブという薬を併用した場合です。
この試験は非常に変っていて、弁膜症をコレステロールの薬で治療しようという試みでした。したがって、通常の目的である狭心症や脳卒中の治療を目差した研究とは違った結論が出てもおかしくはありません。
エゼチミブは‘ゼチーア’という商品名で、1年ほど前に発売されています。当院では使っていませんが、通常の薬に反応しない人には必要な場合があると言われています。比較的新しい薬で、まだ作用が充分には解っていません。発癌性があるのかも知れません。あるいは併用すると害が出るのかも知れません。意外に、弁膜症と関係しているのかも知れません。今の時点では、誰も解りません。
(安全性の判断)
コレステロールを下げる薬は数種類ありますが、発癌性の強い薬は発売されていません。もし、そんな薬の発売を許可したら責任問題になりますから当然です。コレステロール値を下げた時に癌が増えるかについて世界各国で検討されましたが、増えるという明確な統計は今までありませんでした。したがって、今でもコレステロールの治療で癌が増えるとは思わない人のほうが圧倒的多数です。
世界各国は学会の基準を作成して、高い人は治療して目標値まで下げるように勧告しています。当院も学会基準にのっとって治療しています。基準より大きく下げすぎることはありません。しかし、下げれば下げるだけ良いと考える医者も大勢います。今までの統計では、コレステロールを下げると寿命が延び、認知症が予防され、心筋梗塞の発生率が下がる傾向が証明されていますので、下げすぎるのにも根拠がないわけではありません。
個人的には、よほどの理由(心筋梗塞を起こした、今にも閉塞しそうな血管があるなど)がない限り正常以下まで下げる必要はないと思います。下げすぎることの絶対的な必要性までは証明されていないからです。
(コレステロールを下げる必要はない?)
コレステロールの治療をしないように勧めている市販本をひとつ読みましたが、根拠の乏しい本でした。治療によって癌が増えたという統計は今回までなく、癌によって栄養状態が悪化した場合の結果と原因を区別しないで議論しているので、そもそもの根拠が曖昧な内容でした。
本を売るためには極端な表現をしないといけないので、「治療するな!」とタイトルが付いていますが、内容をよく読むと治療するなとは書いてありません。また、今回の論文のすぐ後には、検討をやり直すとエゼチミブの発癌性は証明できないという論文も出ていますので、本の根拠にもならないようです。
ただし、今回の新しい知見を無視はできません。情報が限られているので断言はできませんが、少なくとも制限なく下げようと考えていた人達は、新たなゼチーアの処方や併用、コレステロールの下げすぎには慎重になるべきだと思います。
(結論として)
たったひとつの論文で結論を出すことはできません。今まで数十種にものぼる統計で、「コレステロールを下げると寿命が延びる。」と結論されているのですから、とりあえずは学会基準に則って、当院のようなやり方で治療すべきだと思います。 治療しない場合、死亡率が上がることは間違いないのですから。
平成20年10月