人間ドックの指針2014    

(新基準の意味)日本人間ドック学界が新基準を発表しました。受診者から‘健康’な方を選んで、その結果に準じて基準を考えたそうです。総コレステロールの基準値は250くらいまで上がりました。元気な方は食欲もあるでしょうから、高めの方が多いせいかも知れません。結果は週刊誌などで曲解して報道されたので、学会側は注意を促しています。血圧も血糖も治療する必要はないといった極端な書き方をした雑誌もあるようです。

今回の基準で注意すべきは、基準に従えば病気(心筋梗塞など)にならないという意味ではない点です。視点が違います。病気を予防しようと思うなら、将来を予測し今を工夫する必要がありますが、今の元気は予防には関係しません。救急外来に今日来られる方も、昔は元気で‘健康’だったはずです。 

(過去の基準の問題点)過去の基準にも問題点がありました。@基準値が全般に厳しすぎたため、半分以上の方が何かの異常ありと判定される結果になっていました。半分が病人という判定が適切とは思えません。 A施設側に効果を実証しようという意識が乏しく、基準に従った場合の効果が分からない、B基準が医学会ごとにバラバラである点も判定の際に困る問題でした。 
そもそも病気を予防するために何をすれば良いのか、まだ分からないことは多いので、基準値をどう定めるかは難しい問題です。生活指導や治療による介入で、寿命が本当に延びる基準が判るには、まだ紆余曲折がありそうです。 
心筋梗塞や脳卒中の予防に注目すると、悪い因子を排除するために基準を設け、その是正を促すという流れになります。血圧やコレステロール、血糖値などをコントロールすれば、心筋梗塞の再発に関して確かに良い効果が出ます。ところが、例えば脳卒中の予防に関しては、危険因子の排除は思ったほどの効果を発揮できていません。効果があるとしても微妙です。単純に総コレステロールやLDLコレステロールを下げれば安心と考えるのは、間違っていたようです。基準は改善を要しますし、指導法や対策も考え直すべきと思います。

(人間ドックの意味)意外に思われるかも知れませんが、人間ドックで人の寿命を延ばす効果が証明されたとは言えません。海外ではドックというシステム自体が無意味と考える先生も多いようです。テレビCMでお気づきかと思いますが、特保業界と連携して商業的活動をする点も気になります。言葉は悪いですが、元々が収益目的で広まった印象もあります。また、受診費用への職場からの補助は、税収を不当に減らしたという見方もできます。さらに通院中の方は薬の副作用を判定する目的で必ず検査を要するのに、病院での検査は患者さんがドックとの重複を嫌がり、結果として副作用を見逃すという現実もあります。   
ただし、基準の問題とは別に、例えば乳癌や子宮癌などを発見して治療するきっかけになる場合は確かにありますので、全く意味がないとは思いません。癌検診をシステマチックにやるには、人間ドックが最も効率が良いでしょう。 いっぽうで大勢の方を調べると費用面が問題になりますし、一般に癌の発見率は低いので、多くの方に無駄に放射線を浴びさせ、結果的に他の癌を増やす危険性はあります。おそらく、内視鏡を介して病原体を感染させた時代もあったはずです。 命に関係する活動である以上、費用効果や弊害に関しては明確にすべきでしょう。ドックの意味が明確にならないと、基準の意味も解りようがないと思います。  

(提案) 私も人間ドック学会に参加していました。判定基準の是正を上申したこともありますが、簡単には改善できないという意見が大勢でした。 病気を予防しようと考えるなら、今回の基準には問題が多いように思います。ただし予防は現実的には非常に難しく、例えばコレステロールを下げると寿命は延びて認知症も減らせるはずですが、その効果は微妙で、統計上の評価の仕方によっては解釈が違ってくる場合もあります。だから高いまま放置すべきという意見も当然ありうるでしょう。でも、そうすると病気を発症される方は増えるはずです。何か指摘を受けない限り、人は生活を是正しようとは思いませんから、動脈硬化は進行するはずですが、それを諦めるべきとは思えません。 
そのような理由に鑑み、基準に関しては人間ドック学会が独自に定めることは止めていただき、高血圧学会や動脈硬化学会など、各学会の基準をそのまま踏襲して欲しいと考えます。 



    診療所便り 平成26年7月分より・・・(2014.07.31up)