
コレステロール治療薬と血糖値
コレステロールを下げる薬の中心は‘スタチン系’と呼ばれる薬剤です。コレステロールの生合成を抑える効果があります。心筋梗塞の後は血管壁の状態を安定化させる目的で、多くの方に処方されます。コレステロールを正常以下まで下げると梗塞の再発率が下がるので、副作用が出ないかぎりは処方します。
ところが、このスタチン系薬剤には微妙に血糖値を上げる傾向があると外国で報告されています(BMJ2013;346:f2610)。せっかくコレステロールを治療しても、糖尿病になると、逆にその影響で動脈硬化が起こるかも知れません。そもそもコレステロールの治療は必要ないという意見を述べる学者さえいました。その意見は極論に過ぎる印象を受けましたが説得力もあり、薬の意義に関して私も疑問を持ちました。確かに一部の学者は製薬会社の息がかかったせいか、過剰に処方を勧めた印象もあります。スタチン系の薬剤は飲まないほうがいいのでしょうか。
(治療指針は未完成)
コレステロールの治療の指針は、少しずつ変わっています。新しい統計結果が毎週のように出ますし、論文の解釈に関する学者達の意見の集約に時間がかかるからのようです。また血圧の薬(ディオバン)のデータ捏造疑惑で解る通り、治療指針の作成にも製薬会社の息がかかった人物が関与したり、医者の間の競争意識などが働いて、信頼性に欠ける印象もあります。指針は完璧なものではありません。
スタチン系の薬剤は、寿命を延ばす、認知症を予防、心筋梗塞再発予防などの効果が多少は証明されています。ただし、その効力は微妙なもので対象者の状態に左右され、普遍的な効果を意味していません。例えばコレステロールを下げると20年生きるが、下げないと1年以上は生きられないといった極端な差が出ることは通常ありません。でも、心筋梗塞を起こした直後の方には、そのように治療が命に直結する方もいると思われます。その人の状況が大事です。
(二次予防)
コレステロールの治療に効果があるかは、心筋梗塞の発症率や入院率、死亡率などから判定されています。心筋梗塞患者はデータが病院に残るので統計がとりやすく、既に指針はかなり確立されています。一度梗塞を起こした方の、二回目以降の発作を検討する際には二次予防という言い方をします。二次予防に関しては、薬の副作用の問題がなければ、およそコレステロールは低いほうが良いことは間違いありません。コレステロールを下げることで再発作の率は随分下がります。
でも、実際にスタチン系の薬で治療されている方で、何度も発作を繰り返す方は大勢います。百%発作を止めるほどの即効性は期待できず、回数を減らせるに過ぎません。
脳梗塞に関しては、あまり効果を証明できていないようです。脳梗塞には複数のパターンがあり、症状の出ない発作も多いので、評価が難しいからかも知れません。お腹の血管や足の血管についても、効果を期待できない場合が多いように思います。でも、これらも実はただ評価が難しいせいだけかも知れませんので、断言はできません。
(一次予防)
狭心症の発作をまだ経験していない人の場合が問題です。薬を処方すべきかどうか、その根拠が曖昧なケースは多々あります。処方しなかった方が発作を起こされると非常に後悔します。その経験が増えてきたので、心情的には治療を勧めてみたい気持ちもします。
もし病気を予防できると解れば、治療には大きな意味があります。狭心症などの症状がない方を対象とした統計で、発症の予防効果があるという発表が複数あります。コレステロールの治療は、一次予防にも効果がありそうです。でも信頼度がよく解らない論文もあるので、断言は難しいと思います。
若い方では、おそらく大きな効果は証明されないと思います。若い間は病気として症状が出る確率が低いからです。20代から飲んだ人と飲まなかった人を比べるような長期間の調査は、予算や人道上の問題から普通は無理ですので、早期からの治療による一次予防効果は証明されにくいはずです。ただし、効果がないとは考えにくいように思います。動脈硬化は徐々に始まっているはずで、影響が判るのが数十年後のため、数年単位の試験計画では証明できていないだけでしょう。
(危険因子)
動脈に何かの病変(細くなっている部分)がある方は、一般的にはスタチン系薬剤を飲んだほうが良いと思います。動脈病変を安定化する作用に関しては、今のところスタチン系薬剤が最も信頼できるからです。血をサラサラにする薬、血管拡張作用のある薬も虚血発作の予防薬ですが、副作用と効果の点で注意が必要です。
明らかに危険な場所があるなら、放置すべきとは思えません。いったん閉塞すると、死なないとしても後遺症を覚悟せねばなりませんので、効果が百%でないから何もしないで良いとは言えません。
ただし、動脈硬化病変にも色々あります。脆くて壊れそうな危険な病変と安定した病変では、薬の効果も違うはずです。体全体の動脈硬化病変を総て把握することは難しいので、効果の予測も完璧にはできないでしょう。
現在の治療指針に従えば、年齢や性別、血圧、血管の状態によって推定が可能で、日本人の統計を参考にして、「このままだと10年以内に何%の確率で亡くなるので、そろそろ下げましょうか。」といった説明はできます。ただし、血管病変の質までは考慮していない指針ですので、理屈の面から不充分な印象はありますし、指針に従った治療による実際の予防効果は不明です。
(副作用の問題と効果の判定)
日本のデータ(J−PREDICTなど)によれば、スタチン系薬剤で血糖値が上がる傾向は出ていないそうです。人種による違いがあるか、血糖値の上昇は微妙な傾向に過ぎず、無視して良い問題なのかも知れません。ただし、血圧の薬のデータ捏造報道と同様、この研究に関しても操作が行われた可能性は否定できません。
複数の統計から推定して述べれば、動脈硬化の危険因子を持つ人なら、仮に血糖値が高くなる副作用があったとしても、一般にスタチン系薬剤は害より益のほうが大きいと思います。ただし、実際の効果はかなり個別の状況に左右されるはずだと思います。
スタチン系薬剤の副作用で怖いのは、筋肉や腎臓の障害や過敏症です。私に実際の経験はありませんが、もし出ると命に関わるはずです。頭痛はよく聞く副作用です。頭痛を我慢してまで飲む必要はないと思います。
コレステロールを下げる効果も、充分に出ない場合がかなりあります。その場合、他の薬を併用することもあります。
コレステロールの薬は、万病に効く夢の薬ではありません。健康な若者が飲んでも、あまり意味はないはずです。でも、動脈硬化が明らかな方の場合、血糖値や筋肉などに害がないか確認する必要があることを知っておくなら、治療指針に従って飲んだほうが良い薬だろうと思います。
診療所便り 平成25年9月分より (2012.09.30up)
