大動脈瘤
大動脈瘤は、胸からお腹にかけて走る‘大動脈’という血管にこぶ(動脈瘤)ができる病気です。
救急外来で大動脈瘤が破裂した患者さんを6〜7人経験しました。心臓マッサージをすると、こちらの力が空回りをしているような独特の感覚があって手ごたえで分ることもありますが、もちろん確認はCTなどでないとできません。残念ながら来院時には心臓が止まっている例が多く、ほとんど救命できませんでしたが、一人だけ出血量が少なくて助かった人がおられました。破裂の大きさ、出血量で勝負が決まってしまいます。
症状のない動脈瘤を50例くらい発見しましたが、亡くなった方はおられません。血圧が高いか、タバコを吸う方によくできるのでエコー検査を勧めていますが、私も予想していない元気な人にも結構あります。触ったくらいでは相当大きくないと分りません。
見つけたら血圧を極力下げ、便通も良くして圧が加わらないようにして観察しますが、動脈瘤のサイズは次第に大きくなっていく傾向があるようです。手術になった方も多くおられますが、術前にきっちり評価して慎重にしてもらえますので手術成績は良いようです。胸やお腹を切り開く大きな手術であるにもかかわらず、基幹病院での手術での死亡率は1%程度でしょう。
便秘などで息むことが、どれくらい病状に関係するのか確実な統計は知りません。あまり根拠を知らないまま、なんとなく血圧を変動させたくなくて、便を軟らかめにする薬を処方しています。咳やくしゃみや起きる時の力みも血圧を上げると思いますが、統計的にどれくらいの影響があるのか(つまり、くしゃみで破裂が起こるのか否か等)も、よく知りません。でも破裂が怖いので、咳止めや下剤は多めに処方してしまいます。
血管が裂けるタイプの動脈瘤もあります。胸や腹の血管が裂ける時は、激しい痛みを訴えながら病状が進行しますので怖い思いをします。胸が痛いと言って来られて、腹が痛くなり、尿が急に出なくなり、両足が痛くなり、下半身の皮膚色も急に蒼白になるというように、どんどん症状が下に進行して行くことがあります。いったん裂けると、一定の場所に至るまで進行はなかなか止まらないようです。
血管の中にカテーテルを入れる検査をしていると、壁にもともと弱いところがある人の場合に、この血管が裂けるタイプの事故が起こることがあります。激しい操作をしなくても、そのような血管を持った人の場合は簡単に裂けてしまいます。事前にMRIなどで血管の状態を確認してからでないと、血管の中に物を入れる検査のすべてが危ないと私は思いますが、今でも認識の甘い先生が結構おられるようです。
なぜ動脈の一部がふくれるのかについて詳しくは解りませんが、血管に弱い所ができて耐えられなくなるようです。単純な原因ではないようです。心臓の血管がボロボロなのに大動脈はツルツルしている人も、その逆もいて不思議です。単純な問題ではなく、炎症や動脈硬化などが複雑に関係しているのは間違いありません。血管の壁の中に変性したコレステロールや細胞の残骸のようなものがたまって弱くなるのではないかと思います。予防は、ほとんどの人は動脈硬化を進ませないことにつきます。もしかすると、常在菌の感染コントロールも予防に関係しているかも知れません。
エコーやMRIを使った血管の検査で、偶然に血管が裂けた部分を発見することがありますが、症状もないし、触っても音を聞いても全く分りません。したがって、動脈瘤に関しては発見できなくても見逃しという表現は当てはまらないだろうと思います。しかし、いかに早期に発見できるかが、その後の経過を決めます。
高血圧や糖尿病がある人、喫煙する人は、とりあえず腹部と心臓のエコーで定期的に検査をしておいたほうが良いと思います。確認はMRI検査などでないとできませんが、探すのはエコーで充分です。ところが、タバコを吸うからエコーをしましょうと言っても、「何で?」と感じる人がほとんどらしく、よく断られます。意味なしに勧めることはないのですが、「まさか自分に動脈瘤があるなんて」と思われているでしょうから、認識のズレがあるようです。
もしタバコを吸っておられたら、他の何より優先して禁煙されたほうが良いと思います。破裂すると必ずと言って良いほど出血性ショックの状態になりますから、予防こそが最高の救急治療です。私は血管外科のようにかっこいい手術はできませんが、早期発見と予防はできるはずですので、自分を最高の救急救命医だと思っています。
診療所便りより 平成19年4月