アルツハイマー病の検査と治療   

アルツハイマー病の診断法が工夫されつつあります。血液検査で判るかもしれないという発表も出ました(JAMA.2011;305(3):261-266)が、実地で使用できるまでには時間がかかるでしょう。 今までは「他の病気が考えにくいので、そうではないか?」といった曖昧な診断しかできませんでしたが、早期診断も可能になりそうです。 

アルツハイマー病の特徴 
症状としては進行する認知、記憶能の低下が特徴ですが、年齢が上がれば脳の機能低下は必ずあるはずですから、自然の経過か病的かの判断は微妙です。 
日本では記憶に関する「長谷川式」などのテストを参考に、進行の早さ、同年代の他の方との比較、 その方の職歴や特性などから総合的に判断することになりますが、「総合的」とは曖昧さを含むということでもあります。 専門医でも半分くらいは誤診しているという報告もありました。 
うつ病などの精神疾患の合併があると、診断は特に難しいものになりますので、私は初期診断を完璧にこなす自信はありません。 

アルツハイマー病の本態  
アルツハイマー病は、脳神経にアミロイドと呼ばれる特殊な蛋白が溜まって神経細胞が機能低下〜停止する病気と言われています。
ただし、認知症の人の脳組織を採取することはできませんから、確定診断は困難です。 レヴィー小体型認知症という、やはり進行性の認知症を来たす病気がありますが、症状だけから初期に鑑別するのは事実上無理です。
脳卒中の後では、仮にアルツハイマー病で認知症になっても、脳血管性認知症と誤診されても不思議ではありません。 
脊髄液のアミロイド蛋白を分析して診断する方法が研究されています。完成すれば、血液と脊髄液で客観的に診断する道が開かれます。また、アミロイドの沈着をワクチンなどで排除できれば、病気の発生を防ぐことができます。その研究も進行中です。  

画像診断   
脳の下面側に位置する「扁桃体、海馬」と言われる部分は神経情報の管理に重要な部分ですが、アルツハイマー病では萎縮する傾向があります。ただし、必ずではなく、初期には変化を認めないのが普通です。 誰でも高齢になると脳全体が多少は萎縮して、脳の表面の溝も拡がってきます。全体の萎縮と海馬の萎縮との判別が困難な方も多いようです。  
眼で見て萎縮しているかどうかを判定しても、客観性に問題があります。 萎縮を判断する画像解析法もありますが、絶対的な評価法とは言えないと個人的には思います。 
脳の血流や代謝の活動性を評価する方法もありますが費用もかかりますし、これも早期診断に有効とは限らないと思います。 
また脳血管障害が全くない高齢者は稀ですので、脳血管性の認知症の因子がどの程度あるか判断に困る場合も少なくありません。 総じてアルツハイマー病の画像診断には未だに曖昧な面が多く、特に初期診断は難しいものです。 

治療  
どの時点から治療すべきかも、未だ曖昧です。きちんとした統計はないと思います。それは治療薬が必ずしも有効でないことが関係しているようです。
たとえば予防ワクチンのように発生を抑える治療法が始まれば、どの時点で治療すれば良いか判るはずですが、今の薬では作用機序から考えて、その判定は難しいでしょう。 
新しい治療薬も開発されつつあります。現在まで使用されてきた薬は極めて有効とは言い難い印象でしたが、他の薬を試すことも可能になっています。 アリセプトや、メマリー(いずれも商品名)は、神経伝達物質というものを増やす効果があるそうです。伝達物質が増えることで急に活発になるといった劇的な変化はなく、通常は目に見える効果を感じることはできません。病状の進行を少し遅らせるに過ぎませんので、「飲んでるのに、症状は進行してるんじゃないかな?」と、感じるのが普通です。 
効果を判定しにくい薬を処方するのは、言わば「おまじない」に近い感覚です。 使用することで、血液や髄液の中の指標が低下するといった定量的な治療法になることが望まれます。
現時点で効果が充分と言える薬剤はまだないと思いますが、少なくとも選択肢が増えることは良いことです。 アリセプトが効かないから、レミニール(商品名)という薬を併用するといった判断も可能になりつつあります。 
漢方薬の「抑肝散」も有名です。精神的な症状を伴う場合には試す価値があると思いますが、過度の期待はしないほうが良いような印象です。  

抗うつ剤の問題  
専門病院に通院されている方の処方を見ると、抗精神薬を併用されている場合が多いようです。症状がひどいから処方されるのか、とりあえず暴れたりしなくなることを優先せざるをえないのか判りませんが、時には薬の副作用のほうが目立つケースも見受けられます。
認知症には必ず精神的な症状が伴いますが、すべてを薬物で治療する必要があるという根拠はないと思います。 
自分の衰えを自覚するのは楽しいことではありません。記憶力の低下を自覚したら、おそらく私は泣きたくなり、時には怒りっぽくなるだろうと思います。ある意味では自然な反応ですから、危険性を有しないかぎり薬物療法は控えるべきと個人的には思います。抗精神薬を使用すると認知症の経過が良いという根拠が明らかになれば積極的に使うべきですが、そうではないようです。 

動脈硬化、血圧との関係  
薬で治療するより、生活習慣の改善で予防するのが理想的です。動脈硬化の予防法は、そのまま認知症の予防に通じるものがあり、食事や運動に気をつけることは意味があると思います。    
また、血圧やコレステロールは重要で、治療で認知症が減ることも統計で証明されています。アルツハイマー病に血圧等が関係するというのは不思議です。 もしかすると、これらは脳血管性認知症を減らしているだけ(つまり診断ミス)かもしれませんし、アミロイド沈着と血圧は意外に深い関係があるのかも知れませんが、私は詳しく知りません。




平成23年3月 診療所便りより(2011.03.31up)