アクトスと膀胱癌、プロペシアと乳癌
［発癌性］
アクトス(ピオグリタゾン)という糖尿病の薬は膀胱癌を増やす疑いがあると報告されていましたが、最近の統計でも確認されました(BMJ2012;344:e3645)。また、脱毛予防薬プロペシアは男性の乳癌の発生率を高めるらしいことも判明しています。
当院では、いずれの情報も直ぐ患者さんにお伝えし、中止を勧めています。アクトスの報告は主にイギリスや台湾から出ています。統計方法が違うと発癌性は認められないという報告もありますので、早とちりした可能性はありますが、癌に関しては神経質になるべきと思います。
もともとプロペシアは人間に必須の薬ではありません。男性型脱毛が気になって仕方ない人には必要ですが、気にならなければ使う必要はありません。発癌性のほうが一般的には重要と思います。
いっぽうのアクトスも、よく効く薬ではあるものの、もともと糖尿病治療の中で必須の薬ではありません。そのため私は滅多にこの薬を使いませんでしたが、大々的に宣伝された関係で、第一選択薬として多数の方に処方した先生もおられます。発癌性に関して御存じない人がおられるかも知れませんので、薬をもらわれている方がいらしたら、確認されたほうがいいでしょう。
［糖尿病の治療指針］
糖尿病の治療薬の選び方に関しては、学会から指針が発表されています。 直接的な表現は避けていますが、学者の方達も製薬会社と接点がありますので、特定の製薬会社の意向が反映される傾向は否定できません。 また、薬の値段の決定や保険医薬品としての審査は厚生省の管轄ですが、ここにも製薬会社への配慮を否定できない事象が見受けられます。
特定の薬を使うように誘導され、一般の医者もそれに乗ってしまい、不必要に処方されるような事態は避けたいものですが、アクトスに関しては、その傾向を否定できません。
［糖尿病の薬］
よく使われている‘オイグルコン’、‘ダオニール’という薬は、血糖値を下げる効果が判りやすいのですが、膵臓に対しては無理を強いる面もあり、長期の惰性的使用は望ましくありません。したがって、できれば別系統の薬を勧めたいと多くの医者は考えます。別系統の薬とは、アクトス、メトホルミン、ＤＰＰ−４阻害薬、グルコシダーゼ阻害薬といったもので、いずれも低血糖発作を起こす可能性が低い、マイルドに作用して他の薬を助ける、内臓への負担が比較的軽いといった特徴があります。
欧米では、この中でメトホルミンが内服薬の第一選択と言えます。歴史があって評価が確認されていることと値段が安い薬だからでしょう。でも日本では保険審査による処方制限が厳しく、実質的な第一選択薬になれていません。
いっぽうのアクトスは浮腫み、心不全などの副作用が多い薬ですが、なぜか保険審査に関しては厳しくありません。薬によって審査側の態度が異なる理由に論理的な根拠らしきものが見えませんが、それが伝統のように許されています。
［管理法］
アクトスが必要な場合はあります。他の薬が全く無効、もしくは副作用のため使えない場合です。処方する際は管理の方法が問題です。膀胱癌があっても必ず血尿があるわけはないので尿検査は正常でも安心はできません。しかも膀胱癌は横に拡がる傾向があるのでエコー検査で見つからないことはあります。厚生省がどのような管理を想定しているのか判りませんが、毎月のように尿の細胞検査やＣＴ検査をすべきというなら、費用や被爆の問題が生じるはずです。
充分に管理するということが、そもそも不可能ではないかと個人的には思います。癌の発生率が高くないように期待するしかないと言えます。
［処方に関する倫理］
医薬品は一般の商品よりも安全性や調節、管理方法などに厳重さが求められ、処方には科学的、法的な根拠が必要です。考え方が異なり、根拠にこだわらない医者もいますが、通常は統計結果などを参考に、安全で有効だから、必要だからという理由で薬を選びます。誰かが良いと言ったから、試してみたいから、薬屋さんが勧めたからという理由は、根拠としては不適当です。
臨床成績の統計に対しても、その信頼度に注意する必要があり、基礎知識やセンスが必要になります。アクトスは高い薬です。薬の値段も重要で、高い薬を使用する時には、それなりの理由が必要です。使わなければならない根拠のある薬なら、膀胱癌に注意して続けるという選択もありえますが、そんな状況は非常に限られた場合だけですので、発癌性を重視して使用を控えるほうが根拠のある考え方です。
膀胱癌や男性乳癌は目立たない癌で、数から言えば肺癌、大腸癌などより少ない、どちらかと言えば稀な病気です。でも、処方を続けるかぎり病気を誘導する可能性があるので、わずかな危険度といえども無視はできないと考えます。
診療所便り 平成２４年９月分より (2012.09.30up)