新しい食事療法について 平成21年10月15日 橋本泰嘉
糖尿病の食事療法の原則
#1 理解し、守れる方法であること。
厳しすぎて守るのが難しい方法では意味がない。
#2 血糖コントロール効果がある。
血糖値が高くなる方法では意味がない。
#3 バランスが良い。
特定の栄養素が不足した場合の悪影響は無視できない。
#4 癌や心臓病を増やさない。
他の病気の発生率が高くなったら意味がない。
#5 歴史的にも効果を証明されている。
経験がない方法では長期的影響が心配。
頑固に古い方法に固執するのも問題ですが、新しい物に科学的証拠なしに飛びつくのも危険です。今までの食事療法は「日本糖尿病学会」の指針に基づく食品交換表に従ったものでした。本を参考にしながら、バランスを重視した内容で指導をしていました。しかし、問題点もありました。
(問題点)
*1 計算が面倒で、理解するのが難しい
*2 時間的な余裕がないと、実施するのが困難
*3 制限が必要になる人には精神的苦痛を伴う
*4 血糖値を充分に管理できていない現実
*5 吸収の速さや炭水化物量を反映していない
*6 金銭的な問題を無視している
達成困難な目標にこだわるのは良くありません。この点を補う意味で、新しい栄養指導法が導入されつつあります。しかし現時点では、これから述べる新しい指導法にも欠点がありそうです。栄養士や医者と相談しながら、ご自分の治療内容や状態に応じて管理方法を選ばれるべきと考えます。
A・カーボカウント法
カーボカウントとは、カーボ(炭水化物の略称)をカウント(数える、計算する)という意味から、食べるものの量や注射するインスリンの量を調整しようという食事療法です。主にインスリン注射をされている患者さんのために開発されました。
食品交換表は正確ではありません。数年ごとに大きく改正されることからも、数字が絶対に信頼できるものではないことが解りますし、解りやすくするために正確さを犠牲にしています。ご飯2単位100グラムに含まれる炭水化物量は、およそ37グラムに相当しますが、同じ2単位のクロワッサンに含まれる炭水化物は16グラムで、半分くらいしかありません。これでは食後の血糖値に変動が出てもおかしくないでしょう。
ただし、カーボカウント法も正確とは言えません。炭水化物の含有量は、スイカの糖度が違うのと同様に実際に含まれる量に違いが必ずあります。
(良い点) |
インスリン治療中の方には便利。食べるものに合わせてインスリンの量を調節すれば良いので、従来の方法のように「何でも我慢」という精神的な苦痛が減る。子供の糖尿病患者さんの場合に常に我慢ばかり強いられる生活では精神的な発達にも影響。大人でも、従来の食事療法を守れない人を非難すると、患者さんとしては立つ瀬がない状況に陥る。これを軽減できる。 |
(悪い点) |
栄養のバランスが狂う可能性はある |
(具体的な原理)
何グラムの炭水化物を口にした時に何単位のインスリンを注射するかを決めます。インスリン・カーボ比(1単位のインスリンが何グラムの炭水化物に相当するか)という数字を求めます。この数字は患者さんの体格や病状によって違いますので、本人用に試行錯誤しながら計算する必要があります。
ご飯やパンの炭水化物量は、食品成分表などで求められます。例えば200グラムの炭水化物量があるとして、食事の前にインスリン10単位を注射したら、食事前後の血糖値が全く同じ値だった場合は、インスリン量と炭水化物量が釣り合った、ちょうどインスリン・カーボ比が求められる状態だと考えられます。
200グラムの炭水化物 ÷ 10単位のインスリン = 20 がインスリン・カーボ比になります。
後は、食品ごとのカーボ量に応じてインスリン量が決まりますから、およそ何単位注射すれば血糖値を抑えられるかが推定できます。実際の血糖値に応じて微調整していけば、コントロールは向上すると期待できます。使用中のインスリンの総量から計算式で求める場合もあります。
B・糖質制限食
血糖値に直結する糖質を制限しようという考え方です。「糖尿病の克服」などの書籍で発表された方法が中心で、国内の体験者からも色々な流派(?)が出ているようです。従来の食事療法では血糖値のコントロールができなかった人でも、とりあえずコントロールだけは良くなる効果が狙えます。
糖尿病患者の場合は、いかにバランス良い食事をされたとしても、血糖値のコントロールが効かなければ病状が良いとは言えません。この点、糖質を制限すれば従来の方法より速効性の効果が期待できます。すると本人の達成感(やり遂げたという自信のようなもの)が得られ、治療の意欲にも通じます。その半面、栄養バランスに関しては問題があります。
(良い点) |
血糖値は低めにコントロールされる |
(問題点) |
長期的な影響が不明。 |
日本人は炭水化物からカロリーの半分以上を摂ってきましたので、急に脂肪やタンパク質の割合を上げることによる影響が解りません。日本の古い食事は、糖尿病の発症を予防する効果があったと思われます。これと全く異なる食事を始めるからには、相当はっきりした根拠が必要になります。
脂肪分が多い食事は、動脈硬化に関係する可能性があります。腸管内の微生物の状況が変わるので、腸内細菌に関係した問題が発生する可能性があります。欧米人に多い癌が増えて、かえって寿命が短くなる可能性もあります。
しかしバランスを重視するあまり糖質の割合が高い食事を続ければ、当然血糖値が高いままになり、高血糖による合併症は避けられません。
(具体例)
制限するもの |
白米、パン、麺類、菓子など、牛乳、果汁、精製した炭水化物の食品 |
増やすもの |
魚介類、豆腐、チーズ、納豆、オリーブ油、魚油 |
許可するもの |
精製しない炭水化物の食品 |
(私の考え)
個人的には、今までの栄養指導は食品交換表の理解に至らない人が多すぎて、高齢者には使い物にならない印象を受けていました。 栄養指導が非常に有効な人は少数派です。 さっさと薬を出したほうが効果は確実ですし、食事療法で観察すると血糖値が高いまま放置してしまう人が多いので、現実的には薬を処方しないといけない場合が多いと言えます。 実際の診療の場では、交換表を全く使いきれない人も多く、使えないのに使うことを強制するようなケースも多々生じました。
いっぽうで、安易に流れやすい新しい方法では健康に対する影響も心配です。充分な根拠、有効性に関する証拠がない方法を患者さんに指導するようでは、医療人として無責任だと謗られても当然です。もし可能なら、食品交換表の内容は小中学生に学習してもらうべき内容ではないかと思います。さすがにテストに出るとなると子供達もしっかり勉強するでしょう。大人になって物覚えが悪いのに無理に覚えさせるから効果が上がらないだけで、内容的には優れたものだと思います。常識になってしまうべきで、外来で指導すべきものではないように思います。
糖質制限食に関しては、血糖値の状況からコントロールが悪い場合に表1を制限するのは普通なので、今までの栄養指導と食い違うわけではありません。ただし標準的な指導内容は昔の日本人の食事内容にしたがっているので、やや炭水化物に偏り、効果が出にくい人がいたという点は否定できません。それは我々の指導能力の問題でしょう。
コントロールがつかければ、糖質制限食に近い内容も試してみるべきでしょう。いったん糖質を制限して、コントロールが改善したら普通の糖尿病食に戻す方法もいいような気がします。インスリンを使う子供の患者さんにはカーボカウント法の併用が望ましいように思いますが、バランスを無視してよいわけではありませんので、中心を今までの食品交換において、捕食をカーボカウント法にするのが現実的ではないかと思います。バランスに関しては、カーボカウント法だけでは狂いやすいので、簡易型でも良いので食品の栄養素分類の知識を得られるような参考書が必要だと思います。