栄養指導におけるアセスメント
平成19年1月24日 栄養士との勉強会にて
講師(少々独善的な)橋本 泰嘉
1、尿酸値についての指導
(質問) 以前は痛風などは薬物での治療が効果的であるため糖尿病のように厳格な食事指導は伴わないことが多かったが、それで良いのか? また、メタボリックシンドロームにおける血清尿酸値上昇の機序と血清尿酸値からの見方、他の検査値との関連は?
尿酸値と食事指導
(答)@ 肉の制限は必要ないが、過剰な摂取を容認しない
A アルコールは制限する
B 過剰なカロリーは制限する
C 腎機能や他の代謝障害を悪化させる要因は制限
が原則だと思います。
一般的に代謝疾患では、食事や生活の是正をしても改善が見られない場合に薬を勧めるのが原則だと思います。尿酸値が食事指導で間違いなく下がったという信用できる統計を見たことはありませんが、昔のプリン体制限食でも1〜2程度は下がっていたと書いてありますので、原則的なことは指導していいだろうと思います。
あまりに過剰なプリン体の摂取は薬物治療の効果をなくす可能性があると思います。摂取量の具体的な量については「糖尿病食程度」と理解すれば良いと個人的に考えています。ただし、根拠は不充分です。
それに、尿酸を下げる薬は副作用がありえるようです。実際に副作用が出た経験はありませんが、添付文書には非常に重篤な副作用が記載されています。また、ユリノームのように、発売されてしばらくしてから緊急安全情報が回ってきた例もありますので、食事制限をしないで処方していては道義的問題になるかも知れません。
カロリー、アルコールの制限は今でも原則として指導すべきではないでしょうか。理屈から言えば、カロリーが少なくなれば尿酸の合成は抑制される可能性があります。また、尿酸値の上昇は、何らかの代謝への負荷を意味していると思われますので、検査値が大きく改善しないからといって、食事療法を軽視することは良くないはずです。
薬で無理やり値を正常化しても、隠れている代謝への負荷を無視しては意味がないかも知れません。
尿酸値上昇の機序
機序についてはいろいろ説明されていますが、読んでの印象は「まるで見てきたように憶測してる」レベルにすぎないと感じますので、詳しく調べる必要はないのでは?
尿酸の排泄機能(腎機能)に問題がなければ、尿酸の産生亢進があるだろうと考えられますが、この場合は一般に @内臓には脂肪が多い状態で、A中性脂肪が遊離脂肪酸から過度に合成され、Bプリン体から尿酸が過度に産生されているのだろうと考えられます。
抽象的な言い方ですが、カロリーを代謝しきれていない状態を疑えると言えます。これに加えて、過剰なプリン体を摂取して単純に尿酸合成が亢進している場合と排泄の障害による場合もあると思います。
血清尿酸値の見方
尿酸値は、中性脂肪やコレステロールと同じく、代謝のマーカーとして重要と思われます。それは、いくつかの統計で、インスリン抵抗性と尿酸値が相関しているらしいことが報告されているからです。(以下に例)
@ブドウ糖負荷やグルコースクランプ法から推定したインスリン抵抗性が高い人は、尿酸も高い傾向がある。
A尿酸が高い人は、HDLコレステロールが低く、肥満があって、中性脂肪が高い傾向がある。
B内臓脂肪が多い人(腹囲が大きい人)は、尿酸が高い傾向がある。
ただし、これらの研究は、食いすぎ=肉も食いすぎの状態の人が多いので、プリン体摂取過剰によるバイアスを完全に除いた検討かどうか分りません。
尿酸値は血糖値やコレステロールよりも重要とは今のところ考えられません。血糖やコレステロールは下げることによる効果が証明されましたが、尿酸を下げた統計が少ないために、寿命に与える効果が明確でないからです。今後良い薬が出れば、本当の意味も分ってくるかも知れません。
他の検査値との関連
中性脂肪とは、お互いに相関があるので同じような意味合いがあると思います。代謝のマーカーですので、薬で値が下がれば良いのではなく、代謝不全を是正すべきではないかと疑うことが大事だと考えます。
腎機能に何の問題もない人の場合は、仮に血糖値、中性脂肪、血圧、内臓脂肪のいずれか、もしくは全てに異常があり、しかも尿酸値も高ければ、きっと同じ機序で全ての異常が出ているのだろうと考えます。
メタボリックシンドロームの基準を満たして、しかも尿酸値が高いなら、明らかな代謝不全状態と言って良いと考えます。
尿酸値は、マーカー(検査値)のひとつとしてインスリン抵抗性の存在を推定する判断材料になると思うからです。ただし、他のマーカーは正常範囲に入っている場合も多いので、異常値がそろうかそろわないかにこだわる必要はないと思います。
尿酸値のエビデンス
尿酸値については、大規模な臨床研究があまりされていません。これは、コレステロールの薬が非常に儲けが多いのに対して、尿酸の薬の儲けが少ないために製薬会社が研究の費用を出したがらないことが理由ではないかと思います。フェブキソスタットという薬の開発の時には少しデータが出されましたが、コレステロールの薬ほどのインパクトはありませんでした。いずれにせよ研究が小規模のために、私を含め誰も確たることが言えないのが現状です。
メタボリックシンドロームと尿酸値の関係と治療の効果を証明した大規模研究もないと思います。そもそも診断基準の根拠が薄いので、統計の取りようもありませんし、寿命を伸ばすほどの良い薬もないからです。尿酸値が診断基準から外されていることから考えても、あくまで傾向としてメタボリックシンドロームの人は尿酸も高くなる、という程度の理解に止めておくべきかと考えています。
コレステロールについてもそうですが、良い薬が開発されると本当の意味が分るかも知れません。尿酸を下げ、脂肪酸などの出入りを調節して代謝を正常化する薬ができると、高血圧や糖尿病の発症が減って、寿命が延びる効果が出るかも知れません。
本に書いてない問題としては、
過剰な肉の摂取をひかえると指導した場合に、代わりに何を増やすのかと聞かれた時に、以前なら’野菜’と言えば良かったのですが、野菜の値段が高騰することがあり、金銭的に問題が出る場合があります。もやしのように値段が安定した野菜に偏っても良いのでしょうか?
豆乳などを以前から飲んでいる人の場合は、大豆製品には比較的プリン体が多いので、肉を制限した場合に、さらに量を増やし、結果的にプリン体の摂取を増やすことにはならないかという問題があります。大豆製品の具体的な量の目安を知りません。「糖尿病食」の表4の指導量に合わせるのが良いのかなと考えていますが、これも根拠はありません。
ビールの中にはプリン体を制限したものがありますが、アルコールの作用で尿酸値は上がるのではないかと疑っています。また、量的に多い場合は、制限してもトータルのプリン体の量は多くなり、尿酸値は上がるのではないかという疑問があります。しかし、実際の統計をみたことがありません。
2 飲酒について
(質問) アルコールについては現在、糖尿病患者については厳格な制限をする傾向にあるが、Empty Energyとして、食事制限が必要な患者でも適正な管理ができる人においては飲んでもよいのでは?
国民健康栄養調査や市販の栄養指導資料では、アルコールをそのままエネルギー量として換算して表示してあるが、そのままの換算で本当に良いのか? Empty Energyとして計算する場合、どのように指導すれば良いのか?
アルコール制限は必須か?
(答) 「アルコールを許可してよいという明確なデータがないので飲酒を勧められない。」と言いたいと考えています。全員禁酒が必要だとも言えませんが、それはあえて言う必要もないと思います。
昔の糖尿病の本に、薬物を必要としない患者で、目標血糖値を達成されている場合には1単位(80キロカロリー)程度の摂取は認めて良いと書いてあるのを読んだことがありますが、その根拠は分りません。逆に禁酒が必須だという明確な根拠を示した研究も知りません。小規模な研究はありますが、エビデンスとして使えるものではないように思います。
コントロールが良いならアルコールを許可して良かったという明確なデータを見たことはありません。これ以下なら大丈夫だったということを論じた文章を読んだことはありますが、理論が単純なものが多く、検討に値しないと感じます。
アルコールは不顕性の膵炎を起こす場合がありますが、膵炎状態では著しい代謝不全が起こりますから、少量のアルコールで致命的状態を生じる可能性はあると思います。もちろん、そんな例は多くはないのですが、その方達は決まって「栄養士はアルコールは構わないと言った。」と言います。
自分の酔い方を思い出してみても、常にアルコールの代謝能力が一定だとは思えません。風邪をひいているか否か、前日の睡眠時間、飲酒が食事の前か後か、膵臓の状態等々の要因で酔い方が違うはずです。おそらく代謝に与える影響も同じように変動しているのではないでしょうか? それならば、許可できる量を検討すること自体がナンセンスと言えないでしょうか?
糖尿病の合併症に影響ない飲酒量を検討した高いレベルの統計を見たことがありません。検討できないと思います。飲酒には長期間の作用があるはずで、数年の範囲で検討しても、例えば20年後の合併症への影響まで評価することは難しいと思います。特に神経障害については、糖尿病性神経障害とアルコールによる神経障害を鑑別することは、一般には難しいのではないでしょうか?
仮に許可した場合の影響についても不安があります。
@「これくらいはいいですよ。」と話した場合に、その量を患者が守れるか否か。徐々に酵素誘導が生じて量が増えていくのではないか。
A「栄養士は酒を飲んでも良いと言った。」と、解釈が勝手に一人歩きしないか。
Bコントロールが悪化し状況が変った場合にも、昔はアルコールはいいと言ったじゃないか! と言い張る可能性はないか。
C肝機能障害、高尿酸血症などの問題が出た場合に、方針を変えることに納得するか。
D程度に差はあれ、依存性が出る。
様々なことが予想されますが、それに責任を持つことは誰にもできないと思います。そう考えれば、許可できる人がいるでしょうか。
アルコールのエネルギーについての換算
アルコールが、糖や脂肪酸と同じような代謝経路で代謝されるとは思えません。したがって、同じカロリーとして扱うのは間違っていると思います。
いっぽうで、アルコールが尿酸値や血糖値を変化させる効果があることから考えると、完全にEmpty Energyとして扱うことにも問題があるはずです。
質問は、ブドウ糖〇〇グラムと脂肪△△グラムとアルコール□□グラムを同じとして扱うといった換算の係数、公式が欲しいという意味でしょうか? 今のところ、そのような換算が簡単にできたという研究は知りません。そのような研究に意味があるようにも思えません。
アルコールは単純にカロリーを持つ以外に、薬物として肝臓と血液の間の脂肪酸のやり取りをブロックしたりするなどの効果がありそうですから、換算の式は単純にいかないような気がします。
仮にEmpty Energyとして扱う場合は、曖昧な言い方しかできないのではないでしょうか。「アルコールのカロリーは炭水化物や脂肪と同じではないけど、アルコール自体が薬物として代謝に作用し、血糖や中性脂肪や尿酸に影響し、まったくのノンカロリー食品ではない。かえって非常に高カロリーだ。」といった言い方になるのでしょうか? 理解してもらえるでしょうか?
あっさり、「アルコールは代謝に良い影響を期待できません。」と言ったほうが良くないでしょうか?
3 血液検査における脂質について
(質問) 食事由来のコレステロールは、摂取量の40〜60%とされており、血中コレステロール値は前日の食事内容に大きく左右されているように感じる。血液検査から脂質代謝を見るとき、長期的な変化を見る場合に、糖尿病におけるHbA1のような指標はないのか?
(答) HbA1cのような指標は無いようです。でも研究段階では既にあるかも知れません。
おそらく厳密に測定すれば、血管の壁の厚さやプラーク病変の大きさ、超音波輝度などは食事によって変動しているのではないかと思いますが、コレステロールが沈着するまでには糖化や酸化などの化学的変化と細胞がコレステロールを取り込むといった段階が必要なので、HbA1cのように血液中の蛋白を測定するようにはいかないと思います。
食事にコレステロールを負荷して検査したりしたことはありません。人体実験になるため、保険診療では検査できないからです。しかし、コレステロールが変動する患者さんをよく見ますので、食事の内容によって簡単に変動しているのだろうと推測しています。1日1日の単位で動くのか数日遅れで動くのかは知りません。
4 女性のやせについて
(質問) 血液検査の結果を見ていると、女性のやせた人はHDLコレステロールが高い(80程度)人が多いような気がするが、何か因果関係があるのか?
(答) 若いやせた女性の場合は、カイロミクロンやVLDLといったリポ蛋白の異化、分解が順調に起こっていると思われますので、これら脂質の分解過程で生じるHDLコレステロールは充分に存在するのだろうと思います。それと男女差がある関係で、やせた女性はHDLコレステロールが高いなという印象があるかも知れません。
HDLコレステロールは肥満者で一般に低い傾向がありますが、肥満者の血液検査値に微妙な男女差があると本にも書いてあります。特に上半身型肥満の場合の脂質の変化は、男の場合は中性脂肪の上昇だけだったが、女性の場合は中性脂肪の上昇、HDLコレステロールの低下、高血糖、高インスリン血症などが有意に認められたというような違いがあったそうです。
ダイエットがHDLコレステロールを上げるかという問題には興味がありますが、結論を知りません。運動がHDLコレステロールを上げることは有名ですが、詳しい機序は知りません。概して、カロリーを作り出さなければいけない状態の時はリポ蛋白の異化が進むのでHDLは上がり、逆にカロリーを使わないでリポ蛋白が余剰な時にはHDLが下がるように理解しています。
5 腹囲について
(質問) 現在、メタボリックシンドロームの判定基準として腹囲を用いていますが、予防的に対象者を選定する場合、現在の判定基準を広げるとすれば、どれくらいが妥当でしょうか?(例えば、腹囲85以上を80以上にするなど)
(答) 現在のメタボリックシンドロームの診断基準は問題があると学会でも考えられていますので、あまり気にしないほうが良いと思います。将来きっと変わります。それに、そもそもメタボリックシンドロームの考え方は、糖尿病や高血圧と、それによる動脈硬化などを予防しようという狙いもあります。したがって、さらに予防的判定基準を考える意味は、今のところないと思います。
腹囲は骨格や身長によって非常に変わるはずですが、計算を面倒にしないために、とりあえず男性は85で統一しようという考えで決められたようです。本当に根拠のある値ではありません。腹囲を気にするように指導しようというのが狙いです。
女性に至っては、統計的にもおかしいのではないかという意見が根強くあります。今回の診断基準の拠り所になったのは、CTで推定した腹部の脂肪面積が100平方センチなのですが、この値についても疑問がないわけではありません。なぜ男女とも100でいっしょになるのでしょうか? 身長もホルモン動態も違うのに、偶然でしょうか? 本当は男105、女95かもしれません。そうすると、それに相当する腹囲は変ってきます。診断基準は、いわゆる「大阪データ」で都合よいが根拠もなし、かも知れないと言う人もいます。
6 乳幼児の生活習慣病について
(質問) 熊本市では現在、食育基本法に基づいた計画の策定に取り掛かっています。最近の子供たちの疾患の特徴、食生活を中心とした生活習慣で懸念されることを述べて下さい。併せて、中学生、成人についても。
(答) 乳児については診察することが少ないので、私にはよく分かりません。幼児については、一般的に肥満体の子供が増えているとは思いますが、あまり詳しく検討したことはありません。疾患の特徴についても詳しくありません。やはり、小児科にしか患者さんが行きませんので。
私の懸念の範囲で述べますが、おそらく皆さんと同じレベルだと思います。
小児については大人のメタボリックシンドロームの基準が使えませんので、小児用の基準を作ろうとしているようです。動脈硬化は小児にも出現しているそうですので、大人と同じような食事指導は必要と思います。でも、現場で我々が指導しても限界があり、システマチックな対応が必要だと思います。
食育基本法を読んでみましたが、他の法律と同じく内容はいっさい決めてないので、実効性を持たせるための現場の苦労と混乱が予想されます。お気の毒ですが、我慢して下さい。
この数十年の食事は、過去数百年続いた日本の伝統的食生活とは明らかに異なるはずですから、影響は甚大だろうと思います。私は、自分の子供達に野菜を1日300グラム程度は食べるように、スナック菓子などリンや油が多いものは食べないように、などと話しますが、家内も子供達も理解を示しません。レトルトが大好きです。お祝いの時はもちろん、お祝いでない時もピザを取ったりしてます。
食事教室での栄養士の訓話に、こんな我が家の家族は影響されるでしょうか? 仕方がないので、私はひとり雑炊なんぞを作って食べています。ここまで書いていて、私もだんだん腹がたってきましたので、腹いせに少し調べてみました。
白書によれば、1,965年に48%だった生鮮食品への支出は、2002年には29%まで下がり、かわってレトルトを含めた調理食品が3%から10%へ、外食が7%から18%へと、それぞれ増えているそうです。国勢調査によれば、’80年に20%だった単身世帯が2005年には27%まで増加しているそうですので、家庭で料理を作るより、惣菜を買う家庭も多いことが関係しているかもしれません。
患者さんの話を聞いても、塾の関係で学費が高くなる傾向が強いこと、共働きが多いこと、そして食事も手軽に済ませる傾向があること、また手軽な食品が入手しやすくなっていること等、構造的に食育に良くない状況があります。
2005年時点での日本人の摂取栄養の内訳では、蛋白質13%、脂質29%、炭水化物58%で、理想に近いかもしれないと評価されていますが、子供に限ってはもっと脂質が多いような気がします。脂質の割合が昔と比べて増加傾向にあることは明らかですし、個人的にはデスクワークの人に脂質3割は多いような気がします。
農水省の食料需給表によると、肉類の平均消費量は’80年に22.5kgだったのが28.5kg、乳製品は同じく65kgから92kgへ増えているそうですが、野菜の消費は112kgから96kgへと減少しているそうです。野菜が減って良いことがあるとは思えません。
ゲーム機の発達で、ゲームばかりで時間をつぶす子供が増えているように思いますが、これを改善する手立てがないのが、大きな問題だと思います。変質者の事件のために、子供だけで遊べない状況も改善は難しいと思います。塾に行かないとおかしいような風潮も変りそうな気がしません。
システマチックな対応がされているのか?
健康21というプロジェクトで、いろいろ運動があったようですが、効果は認められないという報告もあります。予算を充分に投入して、システマチックに対応できているとは言えないような気がします。役人は会議で何かできると勘違いしているようですが、会議を生業とする人が成果を上げたことなどありません。
食事指導をしても、センスが違いすぎて心から理解できない人が多いと感じます。皆さんも感じておられるのではないでしょうか? 外来で栄養指導をして効果が充分あったと言える患者さんは非常に少ないのが正直な印象です。
あせっても、相手に話を理解できるだけのセンスがなければ話になりませんから、今の幼稚園児くらいからの教育が必要だと考えます。小学生や中学生になった時点では、自我が強くなっていて指導しても効果に限界があると思います。保健の授業は受験に関係ないから、もしくは色気のほうに興味がいっているなどして、熱意を示してくれない可能性も高いと思います。
個人の自由に抵触しない範囲で何らかの強制力がないと、大人は特に習慣を変えるはずがありません。
7 人工甘味料について
(質問) カロリーゼロの甘味料(天然、人工)があるが、弊害はないか?まだ糖尿病でない人に対して予防の目的で使うことを勧めてよいか?
(答) この問題は誰にも分らないことですので、積極的に勧めるのはやめた方が良いと思います。
人類は、長いことブドウ糖が中心の食事をしていたはずですが、自然界にはたくさんの糖分があり、他の糖分にも適応はしていたと書いてある本を読んだことがあります。しかし、現在さかんに売り出されている甘味料は開発されてからの歴史が短く、弊害については誰も分らないと思います。
50年後くらいには、甘味料を取り続けた人達にどのような影響があったかが分ると思います。催奇形性など生殖に関する問題は、一世代だけでは分らないかも知れませんので、少なくとも若い人には勧めないほうが無難かもしれないと考えています。
ブドウ糖以外の糖分が大量に摂取された場合、細胞に蓄積して糖尿病性合併症を像悪させる可能性がないかが少し心配ですが、今のところ血糖値が高いことが最悪だという統計が多いので、杞憂かも知れません。
糖尿病の予防目的で使用して効果があったという統計を見たことはありませんが、確実に効果がありそうです。しかし、50年後には癌を多発させていたということが分るかもしれませんので、今の時点で積極的に勧めるのは早計だと思います。
8 減塩による代謝への影響
(質問) 減塩による糖尿病、高脂血症への効果について(どのような効果が、どの程度あるか)
(答) 機序は知りませんが、減塩によってレニンーアンギオテンシン系を活性化し、インスリン感受性の低下、交感神経系の賦活をするという報告もあるようですので、減塩が代謝に良い効果をもたらすとは限りません。しかし、現時点では血糖やコレステロールが高い人に減塩を止めるように指導する根拠もないと思います。
どの程度の影響があるのかも知りません。この分野のはっきりした文献を読んだことがありません。少なくとも日本人では減塩が大きな課題ですので、いらん知識は黙っておいたほうがいいと思います。
臨床の場で、減塩が血糖値やコレステロール値を下げることを実感はしないように思いますが、日本人に限って言えば塩分過多 → 高血圧負荷 → インスリン抵抗性 →高血糖、高脂血症などと関連している可能性はあると思います。
さらに現実的には、塩分が制限できない人は往々にしてカロリー、コレステロール制限もできない人が多いような気もしますが、減塩をきっかけに食事を気にすると全ての検査項目が改善するかもしれません。純粋に塩分の制限だけの影響を調べるのは、難しいような気もします。
また塩分が多い食事の味をまろやかにするためには、油分を増やすことがされているように思います。結果として、脂質の過多を招いて代謝に悪影響を与えていることは多いのかも知れません。
9 減量のスピード
(質問) 体重の減り方は、どれくらいが良いのか?(極端に減った時の弊害は?)
(答) 減量のスピードについて、複数の人を前にして目標〜キロくらいと画一的に言うのは止めた方が良いと思います。極端に早いスピードで減量した場合の弊害としてありえることは、教科書的には不整脈の発生、それによると思われる突然死、尿酸値の上昇、痛風の発生、結石の発症、生理周期への影響、免疫系の活動の低下、抑うつ的精神症状などが書かれていたと思います。
どれくらいのスピードで減らせば良いかは、あまり根拠のある文章を読んだことがありませんが、糖代謝に有意の改善を見た減量は3〜5キロであったという報告があるため、とりあえず半年で3〜5キロを目指すべきか?などと書かれていました。科学的な数字ではないと思います。
一気に10キロくらいやせると患者さんの自信につながるので、二次的効果がある場合もあります。 あまり緩やかな減量にこだわると、やる気を失わせるか、二度と来ない場合もあるようです。でも、本来は持続する緩やかなダイエットの方が望ましいはずです。個人のパーソナリティを考慮に入れて計画を立てるべきかなと思います。
何度もダイエットに失敗している人の場合には、特に心理面への注意が必要でしょう。減量= 苦しい食事制限 という観念があると、細かく分析して指摘するだけでも治療意欲を損なってしまうので、「そのうち問題点をあぶりだしていきましょう。」という悠長な態度が必要な場合もあります。「3〜5キロくらいでしょうかね。」などと簡単に答えたために、「こいつは勉強してないな。」と思われ、信頼を失ってしまう可能性もあります。
合併症がある糖尿病の人、尿酸値に注意が要る人、脱水や水分負荷で何らかのリスクがある人には注意が必要です。年齢、挙児希望の有無、合併症の有無、精神状態などに応じて、スピードは決められるべきだと思います。画一的に言うのは危険です。
指導の実施においては、行動療法の基礎原則に従った指示をすべきだと思います。
10 運動の効果と食事の効果
(質問) どちらをどの程度行えば、血糖値を下げられるか
(答) どれくらいという具体的なことは言わないほうが良いと思います。
運動療法だけを指導することは現在ではもう人道に反しますので、研究がされていません。統計学の手法を用いて、食事の効果を計算上除いて運動療法だけの効果を推定した統計によりますと、1時間の運動(散歩など)を、週に3日、半年間続ければ、HbA1cが0.6%下がるそうです。
では、運動を全くしないで食事療法だけをやった場合、どれくらいの効果があるのでしょうか? 興味はありますが、知っても患者さんの得にはならないような気がします。意識がない患者さんに、胃チューブを通して栄養をやらざるをえない場合に、糖分を減らすと当然血糖値の改善が見られますが、当たり前です。
教科書に書いてあるように、患者さんに合わせて、車の両輪のように治療の基本として運動と食事療法を指導すべきです。程度は、病状に合わせざるをえませんので、一概に言えません。
運動の内容や程度については、膝への負担を軽視してきた先生が多かったので、古い指導書はほとんどが間違っているかもしれません。1時間歩行などと指導すると、膝が悪くなる人がほとんどです。慎重に指導されたほうが良いと思います。
11 糖尿病予防教室への参加
(質問) 糖尿病予防教室を行っているが、中断者が半数である。意欲を持って継続させるためには、どうしたら良いのか?
(答) 半分の人が来てくれたのは大成功だと思います。きっと内容が良かったのでしょう。しかし、糖尿病新規発症に効果があったという報告では、教室に加えて電話などの連絡も頻繁にやっていましたので、連絡はすべきかも知れません。
厚生省の予防プログラムは、パンフレット、教室、電話連絡がセットでしたので、どれがどれくらい有効だったのかは分りません。
私の持論ですが、何をどう食べるかは、生き方そのものに直結していると思います。したがって、食べ方を指導する行為は、生き方を変えろと強要しているような意味合いがあり、心から賛同してもらうのは難しいはずです。半数来てもらったら成功です。
基本的に何を食べるかは個人の自由ですから、食事の教育には、自主的に食事を改善させる何らかのシステマチックな強制力が必要だと考えています。教室でチマチマ指導しても、生き方が簡単に変らないように、食べ方も変らないはずです。
本気で食育の効果を高めるためには、リスクファクターを有する人に限ってでも、料理の訓練を子供の入学、就職などの機会に義務づけるしかないような気もします。今のシステムでは、健康診断で異常が分っても治療については自由意志に任されるので、自由度は高いものの効果は乏しく、医療経済を破綻させてしまいかねないと思います。
12 糖尿病予防教室の効果
(質問)半年間の教室期間中、生活習慣の改善は、それぞれ努力されていたが血糖値やHbA1cは下がらなかった。考えられる理由や対策がないか?
理由として
@ 対象者が理解し熱心なように見えて、実はオーバーに表現しているだけだったかも知れません。消費したカロリーと摂取した内容を完全に把握するのは難しいので、改善した内容の評価が正しくなかったのかも知れません。
A 対象者のセンスに問題があったのかも知れません。やる気はあっても理解の仕方や、行動の能力に問題があるかもしれません。例えば食事を制限し、お菓子を増やしていた、運動をして疲れた結果、昼寝の時間も増えて消費カロリーは減っていたなどはよくあることです。
B 厚生省主催の糖尿病予防プログラムでも、全員予防できたわけではないので、効果が出ない人が多くてもおかしくはないかも知れません。
C 半年の期間では評価するには早かっただけかもしれません。予防プログラムも、数年後に評価していましたので。
D 明らかな糖尿病の人でない場合は、HbA1cは6%そこそこで、変化が微妙すぎて測定誤差範囲程度の改善しかなかっただけかも知れません。
E もしかすると、指導した運動量、カロリーでは代謝に影響を及ぼすほどの強さがなかったのかも知れません。内容は厚生省版と同じでしょうか?
F 血糖値は季節的に冬は増悪し、夏は改善する傾向があります。季節によるバイアスがかかったのかも知れません。
G 本来、血糖値は自然に上がっていく傾向がありますので、上がらなかったら有効だったと考えて良いかも知れません。
対策としては
行政、立法府が本気で対策を講じるなら効果は確実だと思いますが、過去には現実を無視し効果の検証がない運動が多かったように思います。税金を使って活動する以上、今までの方法で効果がないなら、それに予算を使わないのが原則だと思います。
本来、食事の仕方は個人の自由なのですから、ストレスフルな体験をしない限り自由に流されるはずです。
少々極端な方法ですが、健康維持の努力をしていない場合に健康保険料に響くくらいのことをしない限り、ほとんどの人は意味合いを理解しないのは確かです。個人の自由に抵触しない程度に、負担料の適正化を考えるべきだという意見もあります。
もし心筋梗塞を起こして入院した時に、喫煙歴があったら負担割合が増えるとしたら、かなりの人が禁煙すると思います。それでも喫煙するのは自由です。血圧や血糖値についても同じ方法が可能です。
個人の自由への管理を目指すのは間違っていますが、努力してもしなくても金銭的負担が同じなのは、平等の精神に反すると言えます。また、予防可能な病気を予防しないで予算を無駄に使うことは、子孫に対して道義的に許されないと思います。
今の住民基本検診も、治療すべきをしていなければ次の回からは有料にしても良かったのではないかと思います。予算を使って検査する以上、使いっぱなしは許されることではなかったはずですが、そのへんの意味が分っていなかったのかも知れません。
平成20年度から導入される健康診断の事後指導をどのようにされる計画か知りませんが、教室の開催程度では今以上の成果は出せないはずです。ドックのように葉書で病院受診を1回だけ確認する程度でも効果はないはずです。相当しつこい連絡が必要だと思います。
ストーカー並みに、相手が怒り出すくらいやるべきかも知れません。医療費を節約するためには、怒られてもヘコんではいけません。ただし、連絡される場合はマニュアルを決めておいた方が良いかも知れません。やりすぎて苦情が来たときに、マニュアルもなかったでは謝らなければならなくなります。